オレノペット
.
次の日の朝、私と同じくらいに起きてきた杉崎さんは
「沙奈も引っ越しだなんだで忙しくなるだろうから、飯はもういらないから。」
と一言言って、そのまままた自室に消えて行った。
夜、待っていても「居たんだ」くらいの挨拶はしても、そのままビールを持ってソファの下に座り込み、ゲームを始めて…私が話しかけるのを望んでいないって、その丸まった背中が表していた。
こうまで素っ気なくなるなんて…。
出て行く私はもう、自分の責任の範疇にはなくなった、って事なのかな…。
雲1つ無い冬空が広がる日曜日
はあと息を出した私を一緒に歩いていた皆山さんが横から覗き込んだ。
「沙奈ちゃん大丈夫?疲れた?」
「い、いえ!大丈夫です!」
「もうすぐ着くからさ。」
ほら、そこ!と皆山さんが指した先は……
立派な門構えのおうちで。
高い塀に囲まれていて、中が全く見えない。
こ、これ…よく、テレビドラマとかで観る、所謂『お偉いさん』のお家みたいな所だけど…
表札には『久我』と達筆な文字が刻まれている。
「あ、あの……ここ?」
「そう!この中!セキュリティバッチリでしょ?」
た、確かにセキュリティはバッチリだけど…
戸惑う私の横で、皆山さんが気軽にインターホンを鳴らし、門の上に付いている防犯カメラに向かって「駈(かける)ー!」って手を振る。
み、皆山さんの交友関係って一体……。
程なくして重々しく開いた門。
開ききらないうちに、皆山さんは「行こー」とスタスタ入って行く。
慌ててそれを追いかけた。
石畳の通路の両端は数メートル芝生と植木の庭になっていて、その後あらわれた、ブロック塀。
そこだけ土地が囲まれた状態になっていて、その中には古びた二階建ての建物が一軒。
……アパート?
どう考えても入り口は1つしかない。
けれど、規則的に並んだ窓とベランダの感じがアパートを思わせる。
ここは一体……
「安生(あき)!お久っ!」
「おー!駈!」
走ってきた人と、再会を祝して抱擁し合う皆山さん。
イケメン同士でやると、それも何だか様になっていて微笑ましい……
「…で?この子?安生が言ってたの。」
「川上沙奈です。よろしくお願いします。」
「久我駈です。よろしく。」
ノーネクタイではあるけれどシャツをぱりっと着て、ぱっちりな目にふっくらした血色の良い唇。
バランスの取れた顔立ちをすこしだけ幼く見せるような前髪の多いフワリとした短髪…
品が良くて、出来る人の雰囲気な、王子級のイケメン…豪華なお屋敷に住む人のイメージにピッタリだな…
差し出された掌に、恐る恐る手を持って行くと、握られ、ニコリと微笑まれた。
「部屋空いてるんでしょ?ここならセキュリティも良いし、変なヤツが居ても、絶対に入って来れないから安心だよね!」
「あ~…うん。まあ…ね。
ここ、元々は家の使用人達の宿舎みたいな感じだった所でさ。税金対策で、塀を作ってアパートっぽくした感じでね。
確かに、外堀は家の屋敷のセキュリティだから外敵からは身を守れるとは思うけど…なんせ、この建物だからね。一応トイレと炊事場はそれぞれにあるけど、シャワーも共同のがあるだけで風呂につかりたいなら近くの銭湯だし」
苦笑いを浮かべて、私を見た。
「住人もさ、結構、浮き世離れしたアクの強い人ばっかだから、もしかしたら結構環境的に過酷かもよ?」
……それでも。
住める所があるなら、私にとっては凄い事だから。
「私の事情は…。」
「うん、まあ、安生から聞いたけど。
ここの住人はワケありの人ばっかだから、あの中にに混ざると、寧ろ、大丈夫かな?って思うくらい、ワケありじゃ無いと思う」
「とりあえず部屋見てみる?」と言われて、案内された中
玄関を開けて階段を上がったけれど
本当に誰か住んでるの?と言う位、シン…と静まり返っていた。
「皆、この時間は静かかも。夕方位から動き始める人と。夜中出かけてまだ帰って来てない人と。まあ、色々居るかな…。で、ここが空いてる部屋。202」
部屋の中は、4畳半の板材の床に小さなキッチン、そして反対側にトイレに繋がるであろうらしきドアがあった。
空風が吹き、窓がガタガタと揺れ、少しヒューッと吹き込んできている音がする
皆山さんがそれを気にしながら、部屋の中を見渡した。
「ねえ、駈。尚(しょう)ちゃんは何号室なの?」
「尚君は隣。203。」
「そうなんだ!じゃあ、余計に安心だね。」
「よかったね、沙奈ちゃん!」って嬉しそうだけど……
しょうちゃん?
しょう君??
誰…だろう?
「ほら!前に話した釣り好きの友達!」
「あ……」
「尚君、パン職人で、いつも朝早いし、ここには眠りに帰って来てる感じだから。休みの日も早起きして釣りに行っちゃってるみたいだし…静かかも。201は一応女性だしね。」
「えー!じゃあ、住人的には安心じゃん。驚かせないでよ、駈。」
「や…まあ…悪い人は居ないけどね。アクは…強いと思うよ?それぞれ。」
「あの…もし入居となると、いつから…」
「今決めるなら、即入居可。」
……ここに決めてしまったら、杉崎さんとの生活は終わるんだ。
住める所が見つかったという安心感が生まれたせいかもしれない。
どこか、どんよりとしていた頭の中が鮮明になった様な、少し雲間に晴れが覗いたようなそんな感覚を味わった。
『あなたは自由』
…そうだ。
私は自由なんだ。
『自分の考えで好きにしていいんだから』
私が…今、どうしたいのか。
「……。」
「…沙奈ちゃん?」
俯いた私を皆山さんが心配そうに覗き込む。それに、少し微笑みを返し、それから久我さんに向き直った。
「あの…入居させてください。よろしくお願いします。」
「おっ!度胸あるね~!」
楽しそうに久我さんが笑い、再び手を差し出した。
「…では、川上さん。契約しましょうか。」
「はい。」
私も今度は、迷い無くその握手に応じた。
.
「皆山さん、本当にありがとうございました。」
久我さんとの契約を終え、後にした久我家。
外門を出た所で、皆山さんに改めてお礼を言って頭を下げた。
少し、躊躇い、それから少しだけ私に近づく皆山さん。
「沙奈ちゃん…本当に良かったの?」
「はい。私、古い所、結構好きです。床が板材で飴色だったところなんて返ってツボで…」
「そうじゃなくて」と話を遮る。
「沙奈ちゃんは…遥と離れて平気なの?」
笑顔が消えて、真っ直ぐに真剣な眼差しを向けてくれる皆山さんに、微笑み、首を横に振った。
「平気かと言われると、多分…平気ではありません。私の中で、杉崎さんはその位大きな存在だから。」
杉崎さんは、何だかんだで優しくて、本当に私を丁寧に扱ってくれた。
私にとって居心地の良い空間を…与えてくれた。
「でも、どこかでこうやって区切りをつけないと、これからは前に進めないと思うんです。」
拾われた当初は、こんな感情が芽生えるかどうかなんて分からなかった。
けれど、芽生えた今、やっぱり私は、一度杉崎さんから離れなきゃいけないんだって思う。
例え…それが辛くても。
再び頭を皆山さんに向かって下げた。
「…こうしてアパートを紹介してくださった事も感謝していますし、その…この前おっしゃってくれた事もとても嬉しかったです。
でも……ごめんなさい。」
泣いてはいけない。
分かっていても、目頭が熱くなる。
お腹に力を入れて、何とか堪えた。
「…どうしても、私は杉崎さんがいいんです。」
木枯らしが吹き、足元を枯れ葉が少し過ぎ去っていく。
皆山さんが私との距離を少し詰め、その指先で私の頬を撫でた。
「…沙奈ちゃんが“彼氏じゃない”って言ってたから、少しはチャンスあるかなーって思ったけど、やっぱ無理だったね。」
「か、彼氏とは…違うので。」
「『居候』でしょ?」
「……。」
「まあ、何でもいっか、そこは。」と優しく微笑む皆山さん。
「でもさ、どうするの?遥が良いなら、やっぱり離れない方が良くない?」
「…いえ。ちゃんと距離を取った上で想いを伝えます。」
杉崎さんにおんぶにだっこの依存状態のままの私ではなくて、きちんと“自分”として生きなおし、自分の意志を持って『好きだ』と伝える。
それが、私にとって、杉崎さんから『自由になる』事だって思うから。
そっか…と皆山さんが微笑みながら溜息を吐き出した。
「じゃあ、俺は沙奈ちゃんが遥とうまくいかなかったらまたアタックする!」
「ぐっ…あ、あの…それは…」
「え~いいじゃん。そこは俺の自由だもん…あっ!駈には気をつけて!何か沙奈ちゃんのこと気に入ってるっぽかった!」
「……いや、王子に気に入られる程の美しさは無いので。」
「駈が王子!確かに!」
あははと陽気に笑う皆山さんに午後の太陽が降り注ぐ。
その快活で晴れやかな笑顔に心の中で「ありがとう」と感謝した。
次の日の朝、私と同じくらいに起きてきた杉崎さんは
「沙奈も引っ越しだなんだで忙しくなるだろうから、飯はもういらないから。」
と一言言って、そのまままた自室に消えて行った。
夜、待っていても「居たんだ」くらいの挨拶はしても、そのままビールを持ってソファの下に座り込み、ゲームを始めて…私が話しかけるのを望んでいないって、その丸まった背中が表していた。
こうまで素っ気なくなるなんて…。
出て行く私はもう、自分の責任の範疇にはなくなった、って事なのかな…。
雲1つ無い冬空が広がる日曜日
はあと息を出した私を一緒に歩いていた皆山さんが横から覗き込んだ。
「沙奈ちゃん大丈夫?疲れた?」
「い、いえ!大丈夫です!」
「もうすぐ着くからさ。」
ほら、そこ!と皆山さんが指した先は……
立派な門構えのおうちで。
高い塀に囲まれていて、中が全く見えない。
こ、これ…よく、テレビドラマとかで観る、所謂『お偉いさん』のお家みたいな所だけど…
表札には『久我』と達筆な文字が刻まれている。
「あ、あの……ここ?」
「そう!この中!セキュリティバッチリでしょ?」
た、確かにセキュリティはバッチリだけど…
戸惑う私の横で、皆山さんが気軽にインターホンを鳴らし、門の上に付いている防犯カメラに向かって「駈(かける)ー!」って手を振る。
み、皆山さんの交友関係って一体……。
程なくして重々しく開いた門。
開ききらないうちに、皆山さんは「行こー」とスタスタ入って行く。
慌ててそれを追いかけた。
石畳の通路の両端は数メートル芝生と植木の庭になっていて、その後あらわれた、ブロック塀。
そこだけ土地が囲まれた状態になっていて、その中には古びた二階建ての建物が一軒。
……アパート?
どう考えても入り口は1つしかない。
けれど、規則的に並んだ窓とベランダの感じがアパートを思わせる。
ここは一体……
「安生(あき)!お久っ!」
「おー!駈!」
走ってきた人と、再会を祝して抱擁し合う皆山さん。
イケメン同士でやると、それも何だか様になっていて微笑ましい……
「…で?この子?安生が言ってたの。」
「川上沙奈です。よろしくお願いします。」
「久我駈です。よろしく。」
ノーネクタイではあるけれどシャツをぱりっと着て、ぱっちりな目にふっくらした血色の良い唇。
バランスの取れた顔立ちをすこしだけ幼く見せるような前髪の多いフワリとした短髪…
品が良くて、出来る人の雰囲気な、王子級のイケメン…豪華なお屋敷に住む人のイメージにピッタリだな…
差し出された掌に、恐る恐る手を持って行くと、握られ、ニコリと微笑まれた。
「部屋空いてるんでしょ?ここならセキュリティも良いし、変なヤツが居ても、絶対に入って来れないから安心だよね!」
「あ~…うん。まあ…ね。
ここ、元々は家の使用人達の宿舎みたいな感じだった所でさ。税金対策で、塀を作ってアパートっぽくした感じでね。
確かに、外堀は家の屋敷のセキュリティだから外敵からは身を守れるとは思うけど…なんせ、この建物だからね。一応トイレと炊事場はそれぞれにあるけど、シャワーも共同のがあるだけで風呂につかりたいなら近くの銭湯だし」
苦笑いを浮かべて、私を見た。
「住人もさ、結構、浮き世離れしたアクの強い人ばっかだから、もしかしたら結構環境的に過酷かもよ?」
……それでも。
住める所があるなら、私にとっては凄い事だから。
「私の事情は…。」
「うん、まあ、安生から聞いたけど。
ここの住人はワケありの人ばっかだから、あの中にに混ざると、寧ろ、大丈夫かな?って思うくらい、ワケありじゃ無いと思う」
「とりあえず部屋見てみる?」と言われて、案内された中
玄関を開けて階段を上がったけれど
本当に誰か住んでるの?と言う位、シン…と静まり返っていた。
「皆、この時間は静かかも。夕方位から動き始める人と。夜中出かけてまだ帰って来てない人と。まあ、色々居るかな…。で、ここが空いてる部屋。202」
部屋の中は、4畳半の板材の床に小さなキッチン、そして反対側にトイレに繋がるであろうらしきドアがあった。
空風が吹き、窓がガタガタと揺れ、少しヒューッと吹き込んできている音がする
皆山さんがそれを気にしながら、部屋の中を見渡した。
「ねえ、駈。尚(しょう)ちゃんは何号室なの?」
「尚君は隣。203。」
「そうなんだ!じゃあ、余計に安心だね。」
「よかったね、沙奈ちゃん!」って嬉しそうだけど……
しょうちゃん?
しょう君??
誰…だろう?
「ほら!前に話した釣り好きの友達!」
「あ……」
「尚君、パン職人で、いつも朝早いし、ここには眠りに帰って来てる感じだから。休みの日も早起きして釣りに行っちゃってるみたいだし…静かかも。201は一応女性だしね。」
「えー!じゃあ、住人的には安心じゃん。驚かせないでよ、駈。」
「や…まあ…悪い人は居ないけどね。アクは…強いと思うよ?それぞれ。」
「あの…もし入居となると、いつから…」
「今決めるなら、即入居可。」
……ここに決めてしまったら、杉崎さんとの生活は終わるんだ。
住める所が見つかったという安心感が生まれたせいかもしれない。
どこか、どんよりとしていた頭の中が鮮明になった様な、少し雲間に晴れが覗いたようなそんな感覚を味わった。
『あなたは自由』
…そうだ。
私は自由なんだ。
『自分の考えで好きにしていいんだから』
私が…今、どうしたいのか。
「……。」
「…沙奈ちゃん?」
俯いた私を皆山さんが心配そうに覗き込む。それに、少し微笑みを返し、それから久我さんに向き直った。
「あの…入居させてください。よろしくお願いします。」
「おっ!度胸あるね~!」
楽しそうに久我さんが笑い、再び手を差し出した。
「…では、川上さん。契約しましょうか。」
「はい。」
私も今度は、迷い無くその握手に応じた。
.
「皆山さん、本当にありがとうございました。」
久我さんとの契約を終え、後にした久我家。
外門を出た所で、皆山さんに改めてお礼を言って頭を下げた。
少し、躊躇い、それから少しだけ私に近づく皆山さん。
「沙奈ちゃん…本当に良かったの?」
「はい。私、古い所、結構好きです。床が板材で飴色だったところなんて返ってツボで…」
「そうじゃなくて」と話を遮る。
「沙奈ちゃんは…遥と離れて平気なの?」
笑顔が消えて、真っ直ぐに真剣な眼差しを向けてくれる皆山さんに、微笑み、首を横に振った。
「平気かと言われると、多分…平気ではありません。私の中で、杉崎さんはその位大きな存在だから。」
杉崎さんは、何だかんだで優しくて、本当に私を丁寧に扱ってくれた。
私にとって居心地の良い空間を…与えてくれた。
「でも、どこかでこうやって区切りをつけないと、これからは前に進めないと思うんです。」
拾われた当初は、こんな感情が芽生えるかどうかなんて分からなかった。
けれど、芽生えた今、やっぱり私は、一度杉崎さんから離れなきゃいけないんだって思う。
例え…それが辛くても。
再び頭を皆山さんに向かって下げた。
「…こうしてアパートを紹介してくださった事も感謝していますし、その…この前おっしゃってくれた事もとても嬉しかったです。
でも……ごめんなさい。」
泣いてはいけない。
分かっていても、目頭が熱くなる。
お腹に力を入れて、何とか堪えた。
「…どうしても、私は杉崎さんがいいんです。」
木枯らしが吹き、足元を枯れ葉が少し過ぎ去っていく。
皆山さんが私との距離を少し詰め、その指先で私の頬を撫でた。
「…沙奈ちゃんが“彼氏じゃない”って言ってたから、少しはチャンスあるかなーって思ったけど、やっぱ無理だったね。」
「か、彼氏とは…違うので。」
「『居候』でしょ?」
「……。」
「まあ、何でもいっか、そこは。」と優しく微笑む皆山さん。
「でもさ、どうするの?遥が良いなら、やっぱり離れない方が良くない?」
「…いえ。ちゃんと距離を取った上で想いを伝えます。」
杉崎さんにおんぶにだっこの依存状態のままの私ではなくて、きちんと“自分”として生きなおし、自分の意志を持って『好きだ』と伝える。
それが、私にとって、杉崎さんから『自由になる』事だって思うから。
そっか…と皆山さんが微笑みながら溜息を吐き出した。
「じゃあ、俺は沙奈ちゃんが遥とうまくいかなかったらまたアタックする!」
「ぐっ…あ、あの…それは…」
「え~いいじゃん。そこは俺の自由だもん…あっ!駈には気をつけて!何か沙奈ちゃんのこと気に入ってるっぽかった!」
「……いや、王子に気に入られる程の美しさは無いので。」
「駈が王子!確かに!」
あははと陽気に笑う皆山さんに午後の太陽が降り注ぐ。
その快活で晴れやかな笑顔に心の中で「ありがとう」と感謝した。