オレノペット











そりゃ…ね?
あの皆山さんが紹介した所だから。

それなりに良い所なんだろうな、とは思ってたけど。


何?

大家が王子で、隣はあの山田さん

それでもって反対隣は…“あの”女の人。


何の違和感もなく、さも普通の事のように「楽しいです」って…さ。
これ…思ってたよりずっと『大変かもしんない』って、抱いた危機感。

や、まあ…危機感なら、リリイとのキスを目撃されてたって所で一回持ったよ?


沙奈…よく俺の前に出て来て、家に入れたよね…ほんと。


沙奈が俺に馬乗りになってリリイとのキスを見たって言い出したとき、言い訳よりも、沙奈の懐の深さに感服して自分の浅はかさを恥じた。


俺…バカじゃないの?って。


リリイを無下に出来ない。
それは過去があるから仕方ない。けど、沙奈を苦しめてまで優先しなきゃいけない事情なんて無いんだよ。

言い訳がましくつらつらと講釈述べた俺にも沙奈は寛大で。


『上書きする』


…いつの間にか、守られてんのは俺の方になってたんだって気が付いた。


沙奈が俺を引き寄せキスをする。
そんな極上の甘さに酔いしれ、ねだる。
そんな俺に誘われて、沙奈はまたその柔らかい唇を俺にくれる…


…どうしよう。
病み上がりなのに、すんごい抱きたいんですけど。


とりあえず、とっとと連れて帰ろ。
荷物も相変わらず少なそうだし、話せば帰って来てくれんでしょ。


なんて思ってたのにさ…



「沙奈ちゃん、あそこの生活に慣れるの結構早かったよ。合ってるのかもしれない。」


先に沙奈を最寄り駅に降ろしたイケメン王子が、俺と二人になった途端、飄々とした笑みでそう言った。


運転席の王子と後部座席に座る俺。
バックミラー越しに目線がぶつかる。


「どうなるかなーとは思ったけど。与えられた状況に順応する力が高そうだよね沙奈ちゃんは。まあ、それだけ芯があって且つ柔軟って事なんだろうけど。」


…数週間、この人が毎日沙奈に会っていたわけじゃない、とは思う。
だから、この人にとっては『知ろう』としてそう感じたわけじゃなく、沙奈と話した数回でそれを無意識に捉えた…。


『王子みたいに素敵な人ですよ』


…なるほどね。その通りかも。


「あの建物、敷地内にあるから一応俺が必ず“面接”してから住んで貰う事になってんだよね。」

「沙奈もしたんだ。」

「うん。本人は気が付いてないけど。部屋を案内した時にね。で、沙奈ちゃんになら貸せるって判断したわけ。」


「だからさ」と左折するハンドルさばきがスムーズで、綺麗なスーツを身に纏っているその姿は確かに、どこか品のあるかっこよさを醸し出してる。


「俺としては、沙奈ちゃんにはなるべく長く住んで欲しいんだよね~」


『楽しいです』


…ほら、予感的中じゃん。
あの人を俺んトコに連れ戻すのは…恐らく容易じゃない。


「そういや、沙奈の隣の部屋、山田さんなんでしょ?」

「うん。遥、知り合いだったんだね。尚太君と。常連だって言ってたよ?」

「おじさん、会社の近くのパン屋だからね」


信号待ちで車を止めた王子がまたバックミラー越しに俺を少し見た。


「…一番最初に買いに来た時の遥が印象的だったらしいよ、尚太君。カレーパン買うのに『本当にカロリーが低いのか』『低いなら何で低いのか説明しろ』ってすげー聞かれたって。」


ああ…沙奈に何か食わしたくて、でも弁当あげたくなくて買いに行った時だもんね、初めて行ったの。


「その後さ、律儀に『この前はありがとうございました。助かりました』ってお礼までしに来たって。」

「や、初対面で色々聞いちゃったからね…一応。」


…多分、山田さんのカレーパンが絶品だったから、うまく沙奈に食べさせられたんだって思うから。そこは、本当に感謝した、あの時は。


バックミラーから目線を外し、何となく窓の外を見る。信号が青に変わり、車が再び走り出した。


「…沙奈ちゃんもカレーパンが大好きだよね。この前、大量に買ってきて、一個わけてくれてさ。」

「へえ…」

「次の日だったかなー?お礼がてら『カレーパン好きなの?』って聞いたら、尚太君のは特別なんだって言ってた。
『数ヶ月前にある人が私がダイエットで無理をしていたら“食べないとダメだ”って買ってきてくれて』そっからずっと好きなんだって。」


再び目線をバックミラーに戻した俺をそこで確認して、車をマンションの前に停車させる。


「まあさ…俺には全く事情はわかんねーけど。沙奈ちゃんにとってなるべく良い方法で人生過ごして貰いたいかも。」

「…なるべく長く住んで欲しいんじゃないの?」


言った俺をハハッと楽しそうに笑う。


「や…そうなんだけどね?どうやら、沙奈ちゃんには遥が必要そうでしょ?人生楽しく過ごす為に。」

「さあ…どうでしょ。」

「とりあえず、いつでも遊びに来てよ。次は防犯カメラに遥を捉えたら開ける様に言っとくから。」


……だよね。一度は門の前に立ったんだから。
これだけ頭のキレる家主がチェックしてないわけが無い。

俺があの人にどうしても会いたくてバカみたいにずっと待ってたのも、沙奈が傘もささずに飛び出して来たのも全部、知ってて、その上での…一連の行動。

沙奈にとってそれが“良いだろう”と判断したんだよね、恐らく。


「ありがとうございます。王子。」

「王子って。」


眉を下げて楽しげに笑う王子に俺も含み笑い。


「遥も住めば?今は空きねーけど。次に空いたら声かけるよ。」

「いいの?毎日あの人の家に入り浸るけど、俺。風紀は乱れるよ、確実に」

「あー…それはダメ。色々いるから。」

「色々いるんだ。」

「うん。選考基準が俺過ぎてバラエティに富んだ。」

「…あの山田さんだもんね。」

「そう、尚太君。」


車のドアを開けて降りると、それを閉める直前


「ありがと、”駈さん”」


言った俺に、嬉しそうにけれど穏やかに笑い「じゃあまた」と車を走らせ去って行く。
それを見えなくなるまで見送って、それからマンションへと入った。


…どうすっかな、これから。


風呂に入ってから少し怠い身体をテレビとゲームのスイッチを入れてからソファに預けた。


まあ…どうあっても、沙奈と一緒に居るっつーのは変わんないけどね…


そんなことを考えながら、過ごしてた数時間。


夕方にさしかかる時間帯にスマホが鳴った。


…唯斗だ。


“休みの所悪い。どうしても頼みたい案件があって。出て来られる?”


少し小首を傾げた。


唯斗は仕事に対してストイックな分、周囲への気配りも忘れない。
自分が休み返上で働く事はあっても、それを誰かに強要するなんてこと絶対しないし、こんな風に休みの日に呼び出すなんて事…今まで一度も無い。


これ、よっぽど困ってんだよね、きっと。
多分、電話で確認出来ることじゃないレベルで。


「あ~うん。大丈夫。今から行くわ。」


立ち上がったらまだ少しふらつく身体。フッと息を吐きざまに気合いを入れてリビングを出た。







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