オレノペット





…と、心で誓っておきながら、気がつけば3ヶ月をとうに過ぎて、4ヶ月も経ってしまった。


あの一件の後


「俺がそっちで寝ることもあるかもしんないから」とか言われて、ベッドもセミダブルで布団も中々フカフカのものを買って頂き…


「沙奈、今日の夜はハンバーグ?」


キッチンに立てば、甘えられくっつかれ…

夜は、そんな風にほぼおうちで二人で過ごしている。


『もう飲みには行かない』


杉崎さん、本当に守ってくれてるんだな…。


焼いたハンバーグを煮込みながら、チクリと少し痛んだ心を溜息で隠した。




……4ヶ月一緒に暮らして知った事。

杉崎さんは、ゲームが好きで、休日は主にゲームをして過ごしている。

朝起きて、テレビとゲーム機の電源を入れて、そこから…数時間。
トイレ以外はずっと同じ姿勢なんじゃないかって位に動かない。

けれど、話しかけても特に煩わしそうではなく、ゲームの手を止めることなく話を聞いてくれるし、必要な事や世間話もポツポツとはしてくれる。

仕事で呼び出されない限りは…ずっと家の中。
たまにコンビニに出かけたりはするかな?という位で。


…本当に、生粋の“出不精”だったんだ。


そのせいなのか、元々好きなのかは分からないけど、休みの日は『出前にしない?』って必ず言われる。


ピザとかおそばとかラーメンとか…中身は色々なんだけど。


この前なんて、お昼に出前で頼んだおそば屋さんのメニューで私が天ざるにするか、鍋焼きにするかで迷ったら、昼は天ざる、夜は鍋焼きになった。(因みに杉崎さんは昼と同じものだった)


そしてお支払いは、いつも杉崎さん。
かさむよね、食費…。


「あ、あの…私、作りますよ?」


二人してゆっくり寝ていた休日の昼すぎ、「何か食う?」といつものごとくフードデリバリーのサイトをスマホで調べだした、杉崎さんにお伺い。


そうしたら、ゆっくりそこから目線を私にずらして、小首を傾げた。


「…飽きた?」

「そ、そんなことは無いですけど。どれも美味しいから。でも…食費がかさみませんか?」

「沙奈、よく食べるからね」

「ぐっ…。」


立っていた私を、おいでおいでってその手が招く。
近づいていったら、腕を引っ張られて杉崎さんの前に座らせられて。そのまま腕の中に捕らえられた。


「…俺さ、基本なーんも自炊してないの。だから、沙奈が来る前からこんな感じだよ?
それこそ、平日だってどっかで適当に飯食って帰って来たり、カップラーメン食べたりって感じだったし。寧ろ沙奈が来てからの方が、平日はここで食ってるし、昼飯も弁当だし。
健康的で節約も出来てる。」


全身、杉崎さんの温もりに包まれて、顎がちょこんと乗せられた肩にはその顔の重み。


「…沙奈だって働いているんだから。その上、平日 三食作ってんだよ?休みの日位休んだって罰当たんないと思わない?」


優しい声に、キュウッと胸がまた締め付けられて、鼻の奥がツンとする。
いきなり居候して、厚かましくも3ヶ月も居座っているのに、こんな風に思ってくれて、本当に嬉しい…。


嬉しいんだけど……4ヶ月こうして暮らして不安になってきた。


私、こんなに甘やかされて今後本当に自立出来るんだろうか。
やっぱり少しは頑張らないと、どんどん、ダメ人間になるのではなかろうか。


それに、出前を控えたくなった理由が他にも。


「あ、あの…じゃあ、今日のお昼は駅前の商店街のお弁当屋さんのにしませんか?
ほら、前に唐揚げを買ってきたことがあったんですけど…そこのやつ。安いし美味しいから。
私、買い出しのついでに買ってきます!」

「…ああ、あれ、あそこの唐揚げだったんだね。やっぱり。」

「え?」

「俺もあそこで時々買ってたから。」

「そう…なんですか?」

「うん、まあ。
とにかく、沙奈がそうしたいなら俺は何でもいいけど。暑いし車で行く?」


抱きしめ直され、ギクリと少し焦りを感じた。


毎週末、出前で美味しいものを沢山食べてたら、体重が…ちょっと…


会社の制服が若干きつい気がして、この前、買い出しついでに寄った家電量販店でそっと展示品の体重計に乗ってみた。


そしたら…顔面蒼白。


戻さないと…出てしまった下腹に気がつかれる前に。


…と、言うわけで、杉崎さんの甘やかしを丁重にお断りして、リュックしょって徒歩にしてみた。


杉崎さんの所にお世話になってから、借金の肩代わり分のお金を杉崎さんに少しずつ返している以外で、自分がお金を使う場面が本当に減ったから。
だいぶ貯金も増えてきた。

そろそろまた、不動産屋さんも巡らないとな…



9月も後半にさしかかったと言うのに、コンクリートの照り返しがきつい、今日。


トボトボと歩きながら、少し溜息。


頑張ろう……。


「すみません…」  

「いらっしゃいませ!」


お弁当屋さんに辿り着いて、ガラガラと引き戸をあけたら、元気の良い声が出迎えてくれた、けど。


あれ…?おばちゃんがいない…。


ついたての向こうの調理場から息子さんが出て来て、満面の笑みで笑う。


「あ、母ちゃんいないからびっくりした?腰痛めちゃってさ。しばらくお休みなんだ。」

「そ、そうですか…」


ニカッと白い歯を見せて爽やかに笑うその顔は、やっぱりどことなくおばちゃんに似てる。
それに…近くに立って分かったけれど、息子さんは背が高い。
杉崎さんも、身長の話になったときに「身長?会社の健診の時178cmだった気がする。」なんて言っていたけれど、160cmの自分と並んでみると、それよりも少し高い感じがする…。


それに歳も近いかな?私が27歳で、杉崎さんが、29歳。
どちらかと言うと杉崎さんに近い感じがするけど、それは身長が自分よりだいぶ高いからかな。


「何にしますか?沙奈ちゃんは唐揚げか!」

「え?」

「母ちゃんと話してるのいつも聞いてたから。」


お日様みたいな笑顔と明るい声色。左頬にぽこんとエクボができる。短髪ながら少し長めの前髪。それを留めていたピンを外したら、ななめに少しサラリと揺れ、優しく細めている目に少しかかった。
雰囲気が…親しみやすくて、何となく初めて話した感じがしないな…。


野菜炒め弁当とハンバーグ弁当を1つずつ注文して、程なくして出来上がったそれはいつも通り良い匂い。


「あの…おばちゃんの腰、結構悪いんですか?」

「ああ、大丈夫!ちょっと無理して重いもの持ったらギクってやっちゃっただけだから。」

「そうですか…お大事にしてください。」


「ありがとうございます!」って100倍返しの笑顔が返ってくる。


どことなく気分が晴れやかになった気がして、お弁当屋さんを出た先に待っていた、うだるような暑さに気合いを入れた。


よし、帰りも頑張って歩こう。


美味しい匂いをぶら下げて、元来た道を歩き始める。商店街を横に抜けようとしたその時だった。


「沙奈!」


呼ばれたその声に、反射的に足がピタリと止まる。


「久しぶりじゃん!探したよ。アパート行ったら、居なくなってたから。」

「あ…」


気弱そうで、私の顔色を伺う笑顔。
黒髪がフワリと左右に分かれていて…杉崎さんと同じ位の背の高さはあるけれど、改めてこうして会うと、何となく頼り無く見える。


それは…お金を持ち逃げされて以来、久しぶりに会ったから?


「啓汰…」

「ずっと会いたくて探してたんだよ。沙奈に。」


少し出された掌に身体が過敏に拒否を示して、少し後ずさり。


「そんなに警戒すんなよ。俺はただ、沙奈ともう一度やり直したいって…」

「な、何言ってるの…?私、凄く大変だったんだよ?あの後…」


杉崎さんと出会ってなければ今頃どうなっていたかだってわからない。


「あの時は俺も色々金に困ってて辛くてさ…。
とにかく、どっかでゆっくり話そうぜ」


今度は逃げる間もなく腕を掴まれ強く引っ張られた。


「わ、私は話すことなんてないよ…離して。」

「そう言うなって。ちゃんと話せば沙奈だってわかってくれると思うから。」


どうしよう…昔もこう言う所があったけど、更に強引になっている気がする。

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