オレノペット
「あの~…ちょっとすみません。」
引いてくれない啓汰に困っていたら、横から申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
あ…皆山さん……
「おつり間違えてしまったみたいで。慌てて追いかけて来ちゃった。」
私に笑顔を向けて「これお詫びの唐揚げも一緒に入ってます」と小さな袋を差し出した後、視線を啓汰に移した。
「…知り合い?随分強引に引っ張ってたみたいだけど。」
「あ、あんたには関係ないだろ…」
「沙奈行くぞ」とまた手を私に伸ばしたら、皆山さんがそんな啓汰の腕をギュッと掴んだ。
「ねえ、いい加減にしたら?どう考えても嫌そうじゃん。」
笑顔が消えた無表情に近い皆山さんの顔は怒っているよりもどこか恐い感じで、啓汰が少し気圧されている。
「俺さ、そこの駅前の交番勤務のヤツ、知り合いなんだよね。呼んでくる?」
「っ沙奈…出直す。また今度な。」
皆山さんの手を乱暴に振り払うと、足早に立ち去っていった。
「…大丈夫?」
「すみません…ご迷惑を…」
「全然!でも超ビビったけど!追いかけて来たらいきなり腕掴まれて無理矢理引っ張られてんだもん。」
「なんだかお見苦しい所を見せちゃって…おつりも届けて頂いてありがとうございます。」
「あ、ごめん、おつりは嘘!」
「え…?」
小首を傾げた私にニカッと白い歯を見せて笑う皆山さん
「沙奈ちゃん、唐揚げ大好きでしょ?よくうちの母ちゃんと話してたじゃん。だから今、ちょうど揚げたて出来たから食べて欲しくて持って来ちゃった。」
袋の中身を見たら、紙袋に入った唐揚げが、確かにまだ湯気をホカホカと浮かべてた。
それが何故か泣きたくなるほど嬉しく思えて。
ツンと鼻の奥が痛んだのを慌てて笑顔を作って誤魔化した。
「あいつ、反対方向に行ったからこっち方面に帰れば後をつけられるって事も無いと思うけど、俺送ってくよ。」
「えっ?!や、それは…」
唐揚げサービスして貰って、助けて貰って…その上送って貰うなんてそんなこと厚かまし過ぎる。
大丈夫ですとお断りをしようとした私の背中をグイグイ押して「行くよ~」と皆山さんは歩き出した。
「な、何だか、すみません…」
「こういうときは遠慮しない!
どうせお店も沙奈ちゃん追いかけるのに一時的に閉めてるからさ。
…それにしても随分大荷物だね。持ってあげるよ、そのリュック!」
「い、いや…あの…」
皆山さんはお断りする間もなくリュックを私から取り、ヒョイッと担ぐ。
どうしよう…送って頂くだけでなく、荷物まで…
「あ、あの…重いので…」
「だから俺が持つんじゃん!…ってこれ本当に重い!」
「すみません…一週間分って思って買い出ししちゃったから。二人分だから余計かな」
皆山さんが私を少しだけ見た 。
「……もしかして、彼氏?」
不意に杉崎さんの優しい笑顔が目の前に過ぎる。
『彼氏』……。
「……違います。」
当然の答えなんだけど、言葉にしてみたら少しだけキュウッと気持ちが苦しくなった。
「私、今、わけあってアパートが見つからなくて…居候させて貰っているんです。」
「ふーん…そっか、そっか…」
皆山さんが私の返事にどう感じたかは分からない。
けれど、そこからずっと、まるで知らないかの様に関係の無い話をしていてくれた。
お弁当の話、釣り好きでパン職人をしている友達の話、皆山さんが好きらしい近所の犬やハムスターの話…
どの話も本当に面白くて、啓汰とのやり取りが頭から消えたわけではないけれど、マンションに着く頃には、かなり気持ちが軽くなってた気がする。
「へー…沙奈ちゃんの友達、結構良いとこ住んでんだね。」
「あの…ありがとうございました。本当に助かりました。」
丁寧にお辞儀をした私に微笑んだ。
「…あのさ。沙奈ちゃん家探してるなら、俺の知り合いのアパート経営してる人にちょっと聞いてみよっか。」
「え…でも…ご迷惑…」
「大丈夫!聞くだけはタダだもん!」
「あ、ありがとう…ございます。」
「俺んちの近くでもいい?そしたら、沙奈ちゃん弁当買いに来てくれる回数増えそうだから!」
冗談ぽく笑いながら言う皆山さんに私もつられて笑顔になった。
皆山さん…優しい人だな。何だかあったかくなる。
こうやって、気を遣ってくれて…とても良い人。
「じゃあ分かったら連絡するね!」と去って行く皆山さんに丁寧にお辞儀をして…
長い腕を思い切りブンブン振ってバイバイするから、つられて控えめにバイバイと手を振った。
“ありがとうございます”と感謝をしながら。