こっから先ははじめてだから


 夜遅くまで、奈良漬をぽりぽりと食べながらテレビを見ていた私。武蔵鶴酒造の奈良漬は奥深くて絶品だ。

先輩は、「あんまくっつくといかん。」と言って、さっさと寝てしまったのだ。え?前に先輩のおうちに泊まった時は、遠慮なく私に抱きついて寝てましたよね?

いじけているわけじゃないけれど、もうちょっと一緒に夜の暗い時間を堪能したかったなあって。
 
朝ご飯用に、バーベキューで残ったご飯でおにぎりを作っておいた。塩をちょっと振って、中にはこっそり奈良漬投入。

夜なべして作る奈良漬おにぎり。ちゃんと正三角形になるまでおにぎりをくるくると手の中で回した。回しすぎたせいで、夢の中にまで正三角形の大群が出てきちゃったよ?

 
次の日、私が目を覚まして寝返りを打とうとすれば。大きな腕で拘束されていて全く動けず。

はっとして後ろを振り返ろうとすれば、妙に艶のある声が頭上から振ってきた。

「ん〜〜、なん〜」

大パニックで、横向きで寝ていた私の三半規管が悲鳴を上げている。重力が、どちらにいらっしゃるのか分かりかねる。

「っ!せ、せんぱいぃっ」
「ん"〜〜〜」

イヤイヤな先輩のうめき声。

なんで??あんまくっつくといかんじゃなかったんですか?何のためにベッドを離したんだろう?ねえ、先輩。

「せ、せんぱいッ、あの、」

「いやや……」

「でも。ちょっと……せ、せんぱいの手が、」

「…んーりっくんゆーて」 

「り、りっくん〜、手が、手がっ!重」

「いややー……」

      
先輩の大きな手が、平気で私の胸をつかんでいることに気付かないのかな……。なんで私ばっか恥ずかしがってるの?

どうしよう。心臓が鷲掴みされていて、私は後ちょっとで息をひきとりそう。そうしたら、昨日先輩が告白してくれた大樹の下に埋めてくださいね?
  
「爽ちゃん、やわくて、きもち……」

「り、りっくん。朝ですよー。起きませんかー?」 

「ん"ー。あと、5、じかん……」

もういっか。

刈谷はりっくんの正式な彼女になったわけだし。大丈夫。それに、こういうのにも、慣れていかなきゃだね。

右胸の一つや二つ、先輩にならつかまれたって平気さ。

ぱるるんが、恋に落ちる瞬間は鐘が鳴るって言っていたけれど、感覚が違うのかな?私はずっと前から時限爆弾が爆発しっぱなしだよ? 

私ももうちょっと眠ろうと、先輩の腕にしがみつく。

心臓の音に気付かれないように気付かれないように。

私が先輩のあったかい腕に頬を擦り寄せれば。先輩の手が、ぎゅっと強く私の右胸を握った。

「いた、」
「……え……?」

先輩の意識が、ひっそりとした部屋の空気に浮遊する。

「……な、嘘、」

先輩の腕が、ゆっくりと私を解放して。起きたばっかの顔を見せられない私は、うずくまりながら挨拶をした。

「お、おはよう、ございます……」

ふわりと、掛け布団が私から浮く。

外気の冷たさにクシャミをしてしまった。

「くしゅんっ」
「ああ、……もう。俺、全部あかん。」

先輩の眠気を残した声に、胸が狂おしくなる。かわいい。かわいいのだ。憂李月が、昨日見たモズよりもずっとかわいい。

「爽ちゃん……ほんとごめん。」

「だ、だいじょうぶです!」

「反省しとる。」

「くしゅんっ」

時速のノロい私のくしゃみが出た瞬間、先輩が掛け布団ごと私に抱きついてきた。

「さぶいよなあ。爽ちゃん、風邪引かせられん。」

「わっ。ッ!あの、」

上から私に覆いかぶさる先輩。あれ?……反省は、反省はどうされました?
 
「ごめん……。怒った?」
「い、いいえ!」
「爽ちゃんの胸、思い切りつかんでもうて、」
「そ、そこ、いわなくて、いいですから!」
「……けっこう、大きい。」
「うっ……」

今となってはまゆゆの彼氏である同期の池駒君に、刈谷はちっさい癖に爆弾抱えてるって言われたことがあるんだよね……。 
  
むがみんと一緒になって、『ちっさい宇宙人に、でかすぎる目がついた異様さ。』だとかなんとか言ってからかわれてね?

先輩にとっても、アンバランスな刈谷は異様な感じにうつるのかな……。

「思っきしつかんじゃって、ほんとごめん。」

「い、いえ、だから、もうそれは大丈夫っ」

「殴ってくれて、ええから。」

「う、埋もれて、なぐれません!」

先輩がのそりと布団から出て、ベッドの下で立膝をついて私に頭を突き出してきた。

寝癖のない、綺麗な髪がさらりと私の前に落ちる。

「なぐってくれて、ええよ。」

まだ寝ぼけまなこで、色気をはらむ声色が心地いい。

先輩を殴れるはずもなく、そのサラサラな髪を撫でた。

「……りっくんの髪、きれいだなあ。」
    
「ぜんぜん、なぐられてへん」

「ええと、朝ご飯におにぎり食べます?」

「たべます」

そのまま先輩の髪を撫でていると、先輩がまたのそりとベッドに上がってきて。私を布団ごと抱きしめた。

「好きです」     

「わ、私もです」 
   




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