こっから先ははじめてだから
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松岡醸造には、酒蔵には珍しく、大吟醸のソフトクリームなんてもんもある。
爽ちゃんと半分こしようと一つだけ買うた。
「ちゃんとお酒の風味がありますね。でもさっぱりしてる。」
「うん。アルコール分はないらしいけど、さっぱりしてて美味いな。」
大吟醸ソフトは美味いし、爽ちゃんはそれ以上にかわいい。そんなことはずっと前から知っとる。
でも、俺が持つソフトクリームを、そのまま俺の手首を両手でつかんで食べる爽ちゃん、かわいくてたまらん。
リスとか、ハムスターとか、今までは小動物にも似たかわいさを感じていたけれど。自分の彼女となってからは、もっとそのかわいさが際立ってかわいい。
語彙力が瀕死になるな。
「爽ちゃん、口、ついとる。」
「あ、ハンカチ、」
爽ちゃんが鞄からハンカチを取り出そうとしたところで、その唇についた大吟醸ソフトを指で拭う。
「爽ちゃんの唇の温度で、いい具合に温まっとる。」
自分の指についたソフトクリームを一舐めすれば、爽ちゃんがピクリと反応するのが分かった。
顔を赤くして、不意にうつむく。今俺から見えるのは、爽ちゃんの頭。艶のある髪が天使の輪っかを作っとる。
爽ちゃんの行動一つ一つがたまらなく愛おしい。
でも甘いものが好きだからか、また爽ちゃんは俺の手首を引き寄せて必死に舐めている。
なあ爽ちゃん。背中にあっつい視線、感じとらん?
爽ちゃんの背中のずっと向こうで、見てみんふりをする男が二人。大輪田君と、……池…下?いや、池……なんや、忘れた。
一つのソフトクリーム食べあってるって、もうどうにも言い繕えへんよな。
ごめんな爽ちゃん。会社の人間にバレたくない言いときながら、やっぱ爽ちゃんに告白した男やって思うと、どうにも胸の奥がざわつく。
システム管理部やなんて、誰もいきたないブラック部署やのに。そんな忙しい部署で頑張っとる大輪田君に告白されたんかと思うと、ちょっと負けてられへん。
ほんま、大輪田君に見せつけるために、ソフトクリーム一つだけ買うて半分こやなんて、性格悪いよな俺。
「りっくん、私、ちょっとお手洗いに行ってきます。」
「ん。」
爽ちゃんがトイレに走っていくのを見て、俺もソフトクリームのコーンに巻き付いていたゴミを捨てようと、ゴミ箱の方へと歩いていく。
大輪田君たちがいる方にあるゴミ箱。5歩先にある彼らには特に意識することなく、ゴミ箱にゴミを捨てた。
「……あの。憂さん、」
後ろを振り返れば、そこには大輪田君がいて、センター分けの茶髪を片手でさらりと整えている。
「はい?」
「……あの。刈谷さんとは、付き合ってるんですか?」
まさかの、直接向こうからお伺いを立ててくるとは思わず。やっぱこの男、見くびらんで良かったなと気を引き締め直す。
「私情ですので。お答えできません。」
「……私情って…。」
「…………」
「仕事中でもないのに、私情しかない休日に“私情”で突き通すつもりですか。」
「……なにが、言いたいんですか?」
大輪田君は、もっと大人しい部類の人間やと思うてたのに。意外と噛みついてくるタイプなんか。
後ろでそわそわしている池……君の方がずっと狂犬タイプに見えんのに。
「……どう見たって付き合ってるようにしか見えないのに。それを否定するって、どういう気持ちで刈谷さんと付き合ってるんですか?」
「否定はしてません」
「じゃあ、わざわざ隠す意味が、分かりません。」
「……あなた、関係ないですよね?」
「関係ならあります!刈谷さんは、大切な……同期ですから。」
ここで付き合っていることを、はっきりと認めてしまっても大丈夫なのだろうか。
俺だって牽制のために、付き合うてることを言いたい気持ちはある。
この先、爽ちゃんに見限られるやもしれんし。自信がないってのもある。でもそれ以上に厄介なんは、もし社内で公認なんてことになれば、人事に異動させられる可能性は大きい。
爽ちゃんと近くにおれんようになるのは、辛すぎる。
「もし刈谷さんを傷つけるようなら、……僕達同期が黙っちゃいません!」
大輪田君が、一歩前に出て、俺に射抜くような眼差しを向ける。
でも、俺より先に、後ろの池なんとか君が声を上げた。
「大輪田!同期を巻き込むな!少なくとも俺は関係ないからな!……あ、憂さん!俺、彼女いますんで!関係ありませんから!」
それでも場の空気は和まず。じっと、大輪田君が俺に睨む中、静かに吟醸酒の香りが漂う。
そない食ってかかられたら、もうどうにもならへんわ。
大輪田君に、ゆっくりと近づいて。彼の真横で屈んで、耳元から数センチの距離でささやく。
「……誰が誰を傷つけるって?」
「えっ」
「社内で付き合うてることばらまかれれば、人事にどこ異動させられるか分からん。その方がよっぽど爽ちゃん傷つけることになると思わん?」
大輪田君の視線が俺に向いて、彼の目がいい具合に見開く。
「それとなあ、自分、同期巻き込まんと、独りでどうにかしいや。」
「っ」
大輪田君が、俺から視線をずらし言い淀む。
あかん。うっかり私用の方言が出てしもうた。会社の人間には、できる限り社用で使い分けたいのに。
はあ、とため息を吐いてみせて。それから眉根を和らげながら大輪田君の肩に手を置いた。
「ごめん。嫌な言い方してしもうた。」
「へっ!?」
「爽ちゃん、大輪田君みたいなええ同期おって、幸せもんやな。」
「…………」
なんでなん。大輪田君の顔が、赤なっとる。
今日見たことは黙っててもらおうと、いい先輩演じただけなんやけどなあ。
でも大輪田君の気持ちを考えれば、会社の先輩に食ってかかるほど爽ちゃんを好きだったってことやんな。情報は何もないけれど、今の行動から十分に熱量は読み取れる。
もし振られたのが自分だったらと思うと、苦しくてしゃあない……。
ほんのひとさじの同情をして、大輪田君に笑顔を向けた。
「試飲、どやった?」
「は、はいっ?」
「大輪田君は、どれが一番美味い思うた?」
俺の方言が未だ受け入れられないのか。目を泳がせながら大輪田君が拳を握りしめた。
「……え、えっと。ウィスキーみたいな感じの、ですかね。」
「爽ちゃんとおんなじ好みしとる。」
「……ま、まあ。散々一緒に飲んできてますし。」
「俺への、当てつけ?」
「そ、そんなところです。」
大輪田君が、睨むというよりもどんな顔をしていいか分からない様子で喉元を動かした。
悪いな大輪田君。どれだけ俺に噛みついても、今爽ちゃんは俺のもんやねん。
でもな。こうして俺に堂々と噛みついてきた人間がいることに、嬉しさを感じる気持ちもある。
爽ちゃんのお陰やな。
人への感謝を忘れない爽ちゃん。同期に愛されてる爽ちゃん。
向こうから爽ちゃんが走ってくるのが見えて、俺は大輪田君に、「ほな。」とだけ挨拶をして爽ちゃんの元に駆け寄った。