おれは“祓えない退魔師”

第十三話

 食堂を出ると、午後の日差しがじんわりと肌に当たった。さっきまでの賑やかさが嘘みたいに、校庭にはどこか張り詰めた空気が流れている。
 すでにほとんどの生徒が集まっていて、それぞれバディ同士で並んでいた。ちらりと横を見る。銀髪は少し距離をとって立っていた。

 「あのさぁ」

 声をかけると、ちらりとこちらに視線をおくってくる。

 「さっきの東間の話ーー黒の組織とかなんとかっていうやつ、あれ全部ウソだぞ」

 銀髪は何とも言えない顔でパチパチと瞬きしている。

 「っ! も、もちろん。そんなことはわかっている」

 (いや、めっちゃ信じてたじゃん)

 「それよりも、おまえはまず霊力をコントロールできるようにしろ。コントロールできないなら手を出すな」

 「っ、そんなことお前に言われなくてもわかってる」

 シュッ、と姿を現したのは鬼灯先生。今回も何の前触れもなく急に出てきた。

 (瞬間移動かよ)

 「全員揃ったようじゃな。では、実習の前に霊力について説明する」

 ワシら退魔師は2種類の霊力を持っておる。
 魂を祓う力(浄化)と魂を壊す力(消滅)じゃ。
 それらが混ざり合って、初めて魂を祓うことができる。
 この2種類の霊力、割合は各々により違う。
 それ故、祓い方や使用する霊具などにも個性が出てくる。

 「そして、一番大事なことじゃ。邪気を祓い、魂が幽世へと還るとき、わずかに匂いが残る。これが魂の残り香じゃ。だいたいは、甘い匂いがする。これを頭に入れて、実習に臨め」

 (2種類……残り香……)
 
 授業内容を頭の中で繰り返していると、いつの間にか、先生の後ろに台が用意されていた。その上には、ぬいぐるみが並んでいる。くま、うさぎ、犬、よくわからない謎の生き物。どれもかわいらしい見た目をしている。

 (ぬいぐるみなんて何に使うんだ?)

 「それらは“器”じゃ。中に低級霊を封じてある。これを用いて、除霊の基礎訓練を行う。バディで一体、対処せよ」

 (低級霊か)

 手のひらを見て、開いたり閉じたりした。何も起きる気配はない。

 (ああ、やっぱ怖いな……銀髪ならパパッと処理しちゃうんだろけど)

 生徒は次々とぬいぐるみを受け取り、俺も白い犬のぬいぐるみを受け取った。
 それを地面に置き、少し距離を取る。つぶらな瞳がこっちを向いている。

 「……どうする?」
 「お前は下がっていろ」

 俺が聞くと、銀髪は即答だった。

 (ですよねー)

 けど、言われておとなしくしてたらここに来た意味がない。震えそうになる拳をぎゅっと握りこみ、ぐっと奥歯を噛みしめる。

 「では、始めよ」

 先生の合図で、ぬいぐるみが跳ねあがった。

 「うわっ!?」

 黒い影がぬいぐるみからにじみ出て、犬の形になっていく。ギィィ、と低く唸り声をあげた。
 銀髪が素早く前に出る。指で空中に、五芒星と円を描いた。

 「縛陣(ばくじん)ーー(しば)れ」

 静かに手をかざすと、ぴたりと霊の動きが止まった。

 (……すげぇ)

 霊の動きを封じてる。そのまま指先を軽く動かすと、シュッと影が霧のように消えた。ぬいぐるみが、ぱたりと地面に落ちる。先生の言った通り、ほのかに甘い匂いがした。

 (一瞬じゃん)

 銀髪はぬいぐるみを拾い上げ、鬼灯先生の元へ持っていった。

 「終わりました」

 鬼灯先生はちらとぬいぐるみに視線をおとすと、すぐに銀髪に鋭い視線を向ける。

 「バディで対処せよと言ったはずだが」
 「こいつはまだ霊力をコントロールできません」
 「そのための実習じゃろうが」
 「こいつーー神代も、納得しています」
 「本当か?」

 今度は俺に、鬼灯先生の鋭い視線が突き刺さる。

 「……して、ません」
 「ならばーー」

 バチンッ!!

 どこかで、嫌な音がした。

 「……あ?」

 振り向くと、一体のぬいぐるみが大きく膨れ上がっていた。

 「おい、あれ――」

 次の瞬間ーー

 ドンッ!!

 黒い影が弾けるように飛び出した。さっきのとは明らかに違う、濃い気配。

 「ちょうどよい。おまえたち、あれをなんとかせい。今一度、バディを組んでいる意味をよく考えるんじゃな」

 先生は腕を後ろに組み、手を出す気配はない。

 「ひぃっ!」
 「うわっ、でかっ!?」

 生徒たちがざわめく。影はぐにゃりと歪みながら、近くの生徒に襲いかかろうとした。

 「離れろ!!」

 誰かが叫ぶ。生徒たちが散り散りに逃げる。

 (やばい――)

 足が、勝手に動いた。気づいたら、俺は前に出ていた。その横を、銀髪が一瞬で駆け抜ける。
 
 「……っ!」
 「下がれ!」

 銀髪の声が飛ぶ。銀髪は素早く手をかざして刀を出現させようとしているが、影が刃のような形を作って銀髪に襲い掛かる。

 「危ない!!」

 ――その瞬間、身体の奥が急激に熱くなった。

 (また、これ……!)

 手のひらに、光が集まる。

 「っ、待て――」

 銀髪の制止の声が聞こえた。でも、もう抑えられない。

 「うおおおお!!」

 手のひらの光の玉が、勢いよく四方八方に弾け飛び、影を覆う。。――次の瞬間、影が吹き飛び、シュッと消えてしまった。
 校庭が、一瞬静まり返った。

 「はぁ、はぁ……」

 心臓がバクバクしている。肩で息をしながら手のひらを見つめた。まだ熱が残っている。

 (……また、出た)

 「……やりすぎだ」

 背後で低い声がした。振り向くと、銀髪がすぐ近くに立っていた。その目は、さっきよりもわずかに鋭い。

 「制御できていない。周りを巻き込むな」

 ぐっと拳を握りこみ、思わず言い返す。

 「見てるだけの方がマシだったって言うのかよ」
 「ーーっ、」

 銀髪はなにかを言いかけて言葉に詰まった。

 「今日はここまでじゃ。片付けをしたら各自解散」

 鬼灯先生が淡々と告げる。

 「神代祐」
 「は、はい」

 突然名前を呼ばれて、ぴくっと肩が揺れた。

 「お主、もしや……」
 「え?」
 
 先生はじっと目を細めて俺を睨んでいる。俺はだらだらと冷や汗が止まらない。

 「いや、まぁよい。学校の結界が壊れるとこじゃった。お主は早急に霊力のコントロールを学べ」
 「座禅、ですか?」
 
 先生は無言でうなずく。

 「夜刀士稀」
 「はい」

 銀髪が落ち着いた声で返事をした。

 「こいつをよくみておけ」

 それだけ言うと、またシュッと姿を消してしまった。やっぱり瞬間移動ができるんだろうか。

 「あ~~~」

 先生がいなくなると急に身体から力が抜けて、俺はその場に座り込んだ。銀髪が、じっと俺を見下ろしている。

 「なんだよ」
 「……次は、狙え」
 「は?」
 「お前の力はあらゆる方向に飛び散って危険だ。昨日のように、一点に集中させて狙い打て」
 「まずは、霊力のコントロールだろ?」
 「そんなもの、一刻も早く習得しろ」
 「おまえに言われなくても、すぐに習得してやる。先生にも言われたしな」
 「だったら、さっさといけ」
 「はぁ? 今、力使いすぎてクタクタなんだよ」
 
 俺たちが言い合いをしているすぐ後ろで、東間と伊都がクスクス笑っている。
 緩やかな風が頬をなでる。手のひらの熱が、少しづつ冷めていく。なんだかすがすがしい気持ちになった。
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