おれは“祓えない退魔師”

第二十九話

 いつ、どうやって帰ってきたんだろう。身体が重い。頭の奥がずっと鈍く痛む。 
 気がつけば、寮の天井を見上げていた。天井の染みがじわじわと広がって、得体のしれないものにみえてくる。

 怖くなって、ふるふると首を振り、ぎゅっと目をつむった。

 (……退魔師に、なれない)

 その言葉だけが、何度も何度も頭の中で繰り返される。布団に顔を埋める。呼吸が浅くなる。

 (俺は、ただ魂を壊してるだけだ)

 ーーあの時、俺が放った光でーー消滅してしまった。

 (ただの、破壊行為)

 胸の奥が締め付けられる。もうなにも考えたくない。

 (ごめん…ごめんな……)

 ――トントン

 小さなノックの音がした。

 「祐くん、起きてる?」

 しんと静かな部屋に、伊都の心配そうなか細い声がやけに響く。
 返事をする気力がなくて、黙ったままでいると、ゆっくりと(ふすま)が開いた。

 「……入るね」

 小さな足音が近づいてくる。

 「ごはん、食べてないでしょ」

 顔を上げないまま、小さく答える。

 「……いらねぇ」

 なんとかしぼりだした声はしゃがれていた。
 少しの沈黙の後、伊都がまた話し始めた。

 「ねぇ」

 そっと、布団の端をつかまれる。

 「祐くんはさ」

 その声は、いつもより少しだけ凛としていた。

 「ちゃんと、救おうとしてたよ」
 「……っ」

 胸の奥が、ずきりと痛む。苦しい。

 「結果がどうだったかは……その、あるかもしれないけど」

 伊都は言葉を探しながら、ゆっくりと続ける。

 「祐くんは、最初から壊そうとしてたわけじゃないでしょ」

 「……でも、結果的に消滅しちまったんだよ」

 思わず吐き捨てる。

 「消えたら、終わりだろ」

 (そうだよ、終わりなんだよ……俺が、殺した……)

 伊都が、ぎゅっと布団を握る気配がした。

 「……ぼくは、そうは思わない」

 はっきりとした強い声が、耳に届く。

 「祐くんの力、怖いかもしれない。でも……」

 少し間をおいて、続ける。

 「使い方、まだ決まってないだけだと思う」

 「……え?」

 思わず、布団から顔を上げる。伊都はまっすぐこっちを見ていた。

 「だって、まだ習ってる途中じゃん」

 目が合う。伊都の瞳が少しだけ揺れている。

 「退魔師のやり方しか知らないだけで、祐くんのやり方、まだ見つかってないだけかもしれない」

 言葉に詰まる。そんな発想、なかった。

 「ぼくに言ってくれたでしょ。伊都は伊都のやり方でやればいいって」

 優しい声、まるで母さんみたいだ。

 「だから、祐くんも……祐くんのやり方でやればいいんだよ」

 伊都はふふっと優しく笑う。

 「……そんな都合よくいくかよ」

 視線をそらしたその先にーー

 「ほんまやで」

 別の声がした。

 「うわっ!?」

 振り向くと、東間が部屋の入り口にもたれかかっていた。

 「いたのかよ……」

 「あ、盗み聞きなんかしてへんからな。ちゃんと堂々と聞いてました」

 (なんだよそれ)

 にやっと笑いながら部屋に入ってくる。伊都がクスクス笑っている。

 「祐くんさ、自分のことになると極端よな」

 布団の傍に腰を下ろす。

 「他人のことは“しゃーない”って許せるくせに、自分のことになると“全部終わり”って決めつける」

 「……うるせぇ」

 ぼそっと返す。見透かされているみたいで気恥ずかしい。東間は気にせず続けた。

 「まだ試してもないやろ。戦い方も、連携も……一人で結論出すには、早すぎや」

 「……」

 (いつも冗談ばかり言ってるくせに……)

 何も言い返せない。

 そのとき、もう一人の気配を感じた。

 「……騒がしい」

 入口に立っていたのは、士稀だった。士稀は、まっすぐに俺を見る。

 「神代、お前の力は危険だ」

 やっぱりそれか、と思った瞬間ーー

 「だが、制御できれば戦力になる」
 「……は?」

 予想外すぎて間抜けな声が出た。

 (あの士稀が俺を認めた……?)

 「無駄にする方が非効率だ」

 いつも通りに淡々とした口調だ。でも、以前よりはやわらかい雰囲気になっている。ような気がする。
 
 「お前が祓えないなら俺がやる。お前は自分の力を有効に使うことだけ考えろ」

 まっすぐに俺に視線を向けたまま、静かに部屋の中に入ってきた。

 「そのためのバディだろ」
 
 腕を組み、当たり前のようにそう言い切って俺を見下(みお)ろしている。普段ならきっと腹が立っているだろうけど、今日の俺は情緒不安定だからーー

 「……っ」

 鼻の奥がツンとする。みるみるうちに涙がたまっていく。視界がにじむ、その先で、みんなは俺を見て笑っていた。

< 30 / 37 >

この作品をシェア

pagetop