おれは“祓えない退魔師”

第二十八話

 放課後の座禅修行を終えて、伊都と一緒に寮に帰る。その途中でーー

 「ひょっ!!」

 変な声を上げて植え込みから飛び出してきたのは、快楽主義の万楽校長。

 「「わっ!?」」

 俺と伊都はびっくりして尻もちをついてしまった。

 「イテテ……」

 (この校長、突然現れるから心臓に悪いんだよな)

 尻を押さえながら立ち上がる。校長は珍しくまじめな顔をし、俺に向かって、校長室に来いと言ってまた消えた。

 「祐くん、またなにかしたの?」
 「え? いや?」

 (最近はなにもやらかしてないはずだけど……?)

 「とにかく行ってくる」

 心配そうにしている伊都に手を振り、早速校長室に向かった。

 校舎二階のちょうど真ん中に校長室がある。

 (そういえば、入るの初めてだ)

 少し緊張しながら、コンコンとノックをした。すぐに中から、入りなさい、という声が聞こえて、重い扉をギィィと開けた。

 「失礼しまーす」

 中に入ると応接セット(革張りのソファ二脚と低いテーブル)があり、その奥に立派な机とイスが置かれていた。座りなさい、と言われて、茶色い革のソファに座る。座った瞬間、適度な反発力があり、きっと高級なソファなんだろうと感じた。
 ソファには校長先生と鬼灯先生が座っている。窓からななめに差し込む夕日が、部屋をオレンジ色に染めていた。

 「急に呼び出してすまんな」

 校長はいつもの調子でにこやかだが、目は笑っていない。

 「神代祐。お前に話しておかねばならんことがある」

 鬼灯先生が口を開いて、空気が張りつめる。

 (えー俺なんかしたっけ!?)

 ただごとではない雰囲気に緊張し、ごくり、と喉が鳴った。

 「……なんですか?」
 「入学の儀、退魔学の実習、そして洞窟での戦闘……」
 「お主の放った霊力に違和感があっての、ちとこちらで調べてみたんじゃ」
 「違和感?」

 鬼灯先生は、退魔学の教科書を開き、俺にみせた。

 「我ら退魔師は2種類の霊力を持っておる。穢れを祓う力(浄化)と魂を破壊する力(消滅)。それらが混ざり合い作用しあうからこそ、退魔師としての任務をこなせる」

 知っている。授業でもやったところだ。

 「退魔師の最大の役目とはなんだ?」

 鬼灯先生に聞かれて、俺は教科書をチラ見した。

 「えっと、(けが)れを(はら)い、魂を幽世(かくりよ)(かえ)すこと」
 「その通り。2種類の霊力がなければできぬことだ」
 
 鬼灯先生はうなずいてパタンと教科書を閉じた。

 「魂が幽世に還ると、わずかに”残り香”が漂う。魂によって香りは違うが、だいたいは甘い香りじゃ」

 これも授業で習った。実習では、そこら辺一帯が、甘い香りに包まれていた。

 「だが、お前が対峙した魂には”残り香”がなかった」
 「え……?」

 嫌な予感がして胸がざわつく。

 「つまり、お主は魂を破壊してしまったんじゃ」
 「……それじゃあーー」
 「魂は幽世(かくりよ)へ還れず消滅してしまった」
 「そんな……」

 ドクドク、と心臓が大きな音を立て、嫌な汗が背中を伝う。

 (それって、殺した、ってことだよな……)

 「お前は1種類の霊力ーー魂を破壊する力(消滅)しか持っておらん」
 「人によって2種類の割合が違う。それによって戦い方に個性が出るのじゃ。お主の場合、霊力の全てが破壊する力じゃから、攻撃力は相当強い。故に、妖と戦うことはできるが……」
 「穢れを祓うことができぬ。祓えなければ、魂を幽世(かくりよ)(かえ)すことができぬのだ」

 先生たちの言っていることを、理解したくない。

 「じゃあ……俺は……」

 震えそうになる拳をぎゅっと握った。

 「退魔師に……なれないんですか?」

 なんとか声を絞り出した。校長と鬼灯先生は黙って、ただじっと俺を見ている。その沈黙が、なによりの答えだった。

 「お前は――魂を“無に還す”存在だ」

 頭が真っ白になった。

 「それは、救いではなく、ただの破壊行為」
 
 (いやだ、聞きたくない)

 耳を塞いで、うつむく。

 「退魔師にあるまじき行為だ」

 真実を突き付けられて、なにも考えられない。呼吸が、うまくできない。

 「……っ、じゃあ俺は……なんなんだよ」

 ぎゅっと目をつむる。ぽたぽたと涙が落ちて、膝に染みを作った。
 
 「人を、助けるために……っ、俺は……はぁ、…っ母さんを守るために……来たのに」

 目の前が真っ暗になって、絶望がせまってくる。

 「なのに……っ、俺がやってることって……」

 息も絶え絶えになりながら、震える声でなんとか言葉を発した。

 「ただの……っ、殺しじゃねぇか……」

 言葉にした途端、痛みが、苦しみが、どっと押し寄せてきた。
 苦しい、苦しい、痛い、嫌だ。

 「……っ」

 立ち上がりたい。ここから逃げたい。なのに、足に力が入らない。
 足元が崩れて、底のない真っ暗闇に落ちていく。そういう感覚。

 「……っ、くそ……」

 悔しくて、情けなくて、どうしようもない。
 ただ一つだけ、はっきりしている現実。

 (俺は、退魔師になれない)

 その事実が胸に突き刺さって、ただただ苦しい。
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