おれは“祓えない退魔師”

第三十五話

 「はあああぁぁぁぁーーー!!??」

 俺の渾身の叫び声が、洞窟内に反響する。

 「なんでやねん!!」

 東間の鋭いツッコミも、洞窟内でこだまする。

 「いやいやいや!! これどうすんだよ!!?」
 「校長の好物だな……」

 士稀が呆れたように首を振ってため息をついた。その隙にーー

 「……っ、クモが!」

 伊都が声を上げた。蜘蛛の身体がみるみる再生していく。
 黒くて重々しい邪気が、蜘蛛の身体を覆い、膨れ上がる。

 「復活すんの早いって!」

 俺は焦りながら、再び手のひらに霊力を集める。
 士稀が舌打ちをして、踏み込んだ。そのときーー

 「……ぼくがやる!」

 伊都が声を上げ、手を掲げた。シュッと細長い金色の杖(上部に天球儀のようなものが付いている)が出現する。

 「時間を稼いで!」
 「伊都!?」

 既に伊都は、杖で地面に魔法陣を描き始めている。

 「……任せた」

 士稀がうなずく。

 「守るぞ!」

 東間が構える。

 「おう!」

 俺も前に出た。
 蜘蛛が勢いよく飛び跳ねる。

 「来るで!」

 さっきと同じ要領で、東間が結界を張る。士稀が斬る。俺が削る。
 だが、さっきよりも蜘蛛の再生速度が速くなっている。外殻も硬い。

 「くそ……!」

 (強くなってる!?)

 伊都は必死に魔法陣を描いているが、まだ時間がかかる。
 
 「ちょっとやばいかもしれんな……」

 東間が珍しく焦りながら、札を地面に叩きつけた。蜘蛛を拘束するーーが、蜘蛛が足を振り下ろすと、東間の張った結界が破られてしまった。
 蜘蛛は東間に向かって糸を吐く。粘着性のある糸が東間を拘束し、地面に叩きつけられる。

 「ぐわぁっ!」
 「東間っ!」

 士稀が刀を振り下ろして糸を切り、東間が解放された。叩きつけられた衝撃で頭を打ったらしい、足元がふらついている。
 再び蜘蛛が糸を吐いた。それはまっすぐ伊都に向かって伸びていく。

 「くっ!」

 士稀が素早く移動し、刀を構える。糸は刀に巻き付いて、蜘蛛はそれを勢いよく自分の方へ引き寄せた。士稀は柄から手を離してしまい、刀が奪われてしまった。

 (このままだと……全員やられる)

 手のひらを見る。小さな光の粒子が舞っている。

 (まだ、やれるか……)

 校長の言葉が頭をよぎる。――救いではなく、ただの破壊行為

 「……でもさ」

 小さく呟く。

 「使い方次第、だろ」

 ぐっと拳を握る。頭から雑音を消して集中。身体を巡る霊力の流れを早くする。どくどくと鼓動が早くなり、光が手のひらに集まる。

 「士稀!」
 「なんだ」
 「一瞬でいい、止められるか」

 士稀が一瞬だけ目を細める。

 「……できる」
 「じゃあ、その一瞬で、削る」
 「……あぁ」

 次の瞬間――士稀が踏み込む。手を掲げ、空中に素早く五芒星と円を描いた。

 「縛陣ーー縛れ!」

 鋭い光がクモを拘束する。

 「今だ!」

 おもいっきり振りかぶる。

 「うおおぉぉぉぉーーー!!!零閃ーーーーー!!!」

 轟音とともに、圧縮された光が蜘蛛をめがけて放たれる。今までよりも、ずっと荒く、強い。反動で倒れそうになるのを、足を踏ん張って耐える。
 光は蜘蛛に当たり、炸裂した。

 「ギィィィヤァァァァ!!」

 蜘蛛が倒れる。のしかかっていた黒く重い邪気が、削がれて消えかかっている。完全には倒せていない。

 「これで……いいだろ」

 息を荒げながら、俺は満足げに口角を上げる。

 「伊都、やれ!」

 魔法陣が完成した。陣を縁取るように光が広がる。

 「みんな下がって!」

 俺たちは一斉に飛び退いた。伊都が杖を突き立てて叫ぶ。

 「魔法陣、展開!!出てきて――彦兵衛さん!」

 魔法陣全体が光に満ちて、中からゆっくりとひとつの影が現れた。

 「おいで」

 伊都が手を差し出すと、その影がそっと伊都に触れる。伊都はびくんっと身体を揺らし、影がするすると伊都に入っていった。

 『お初……すまなかった』

 伊都ではない男の声が、伊都を通して発せられる。ぼんやりと、髷を結った男の姿が浮かび上がる。
 男の言葉に、蜘蛛がぴたりと反応した。次の瞬間、その姿が揺らぎ――着物を着た若い娘の姿へと変わる。

 『彦兵衛さん……』

 高く美しい声が震えている。

 『会いたかった』

 ゆっくりと、二つの魂が近づいて寄り添う。光がやさしく広がり、洞窟の空気が変わる。
 じんわりと、二つの光が消えていった。あたたかい甘い香りが漂う。魂が還るときの、残り香。

 (……未練がなくなって、還っていったのか)

 いつかの、伊都が供養したうさぎを思い出した。

 (伊都は、祓わずに還せたんだな……)

 洞窟内に静寂が訪れる。

 「……終わったんか」

 東間が、消えた光の方をみつめてぽつりと呟く。

 「……あぁ」

 士稀がうなずいて、ゆっくりと周りを見回す。

 「……よかったぁ」

 伊都は、身体から力が抜けたのか、その場にへたり込んで、ほっとしたように笑う。
 俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。胸の奥が、じんわりと熱い。

 (……これが、救うってことか)

 士稀が静かに言う。

 「祓うことだけが、救いではない」

 俺は顔を上げる。

 「……あぁ」

 士稀は少しだけ目を細めた。

 「お前の力も――無意味ではない」

 その言葉が、ゆっくりと深く胸に落ちる。

 「……そっか」

 胸に手を当てると、思わず頬がゆるんだ。

 「試験……どうなるんだろう?」

 伊都はへたりこんだままで、近くに転がっている竹筒を拾った。

 「封印はできていない」

 士稀が淡々と答える。

 「まぁ、ええやろ。ちゃんと還したんやから」

 東間がけらっと笑う。

 「だな」

 俺もつられて笑った。

 「上出来だろ」

 まだ熱が残る手のひらを、ぐっと力強く握りこんだ。

 (俺は――破壊するだけじゃない)

 洞窟の外から、光が差し込む。俺たちは、その光に向かってゆっくりと歩き出した。
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