【電子書籍化】出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
 そうは言ってみたが、その言葉が事実ではないこともライオネルは知っている。
 アンヌッカは、メリネ魔法研究所で手伝いをしたり、使用人と一緒に菓子作りに励んだりしているようだ。以前は、東屋のテーブルなどを買い換えたいと手紙に書いてあったため、好きにしろとだけ返事をした。それから社交の場にはいっさい参加する必要はない、とも。噂好きな女性たちの格好の的になるのが目に見えているからだ。
 家にも帰らぬ夫に不満一つ漏らさず、こちらからの要望にも黙って従っている。それに、決して金遣いが荒いわけでもない。そういった噂もぐるりとまわって聞こえてくるものだが、彼女がドレスを用立てたとか宝石類を買ったとか、そういった報告もあがってこない。
 コリンズ夫人からの報告書にも、そういった内容は一切書かれていなかった。
「だけどさ。いい加減、一度くらいは奥さんと会って話をしなよ。君さ、結婚式だって当日になって逃げ出したわけだからね」
 逃げ出したわけではないと、何度もユースタスには言っているが、ユースタスから見れば、やはり逃げたように見えるのだろう。
 だけど、今となっては、アンヌッカとの愛を神の前で誓うことをしなくてよかったのかもしれないと、心のどこかで思っていた。
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