🍶 夢織旅 🍶  ~三代続く小さな酒屋の愛と絆と感謝の物語~
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 若葉の輝きが増し始めた頃、一徹と崇は神戸の灘にいた。
 訪れたのは、灘生一本酒造だった。辛口の酒『六甲錦醸』で有名な酒蔵である。ここでも蔵元が温かく迎えてくれて、夜には自宅に招いてくれた。テーブルの上にはホタルイカや桜エビ、明石鯛や磯で獲れたメバルなどの旬の食材が並んでいた。

「代替わりですか……、寂しくなりますね……」と呟いた蔵元に対して一徹は、「こいつをよろしくお願いします」と引き続きのご贔屓(ひいき)をお願いした。
 蔵元は笑顔で受け入れた。一徹を労っては六甲錦醸を注ぎ、崇を激励しては徳利を傾ける、しみじみとした中にも温かみのある時間が過ぎていった。

 しかし、ある一言で和やかなムードが吹き飛んでしまった。それは、同席していた杜氏の言葉だった。
「華村さんとは、これきりだね」
 赤ら顔で吐き捨てた。
「えっ、これきりって……」
 驚く崇に強い口調で、「こんな若造に酒のことなんてわかる訳がない」と切り捨てた。
 こんな若造って……、
 自分でも顔が強張ったのがわかったが、杜氏は睨みつけるようにして言葉を継いだ。
「うちの酒は特別な酒だ。訳のわからん奴には触らせない」
 それを聞いた途端、頭の中に北海入魂酒造の蔵元の危惧が蘇ってきた。代替わりが縁の切れ目になろうとしているのだ。横にいる蔵元が取りなそうとしてくれたが、杜氏は頑として首を横に振った。
「お前みたいな素人の若造に日本酒の何がわかるんだ!」
 ドスの利いた声を発して睨まれた崇は金縛りのようになって固まってしまった。しかしその時、「わしが見込んだ倅ですから」と杜氏に酒を注ぎながら一徹が柔らかな笑みを浮かべた。
 えっ、倅? 
 自分のことを婿養子ではなく倅と言ってくれた……、
 その瞬間、崇の金縛りが解けた。
「オヤジのようにはできませんが、華村酒店の後継者として精一杯やりますので引き続きのご贔屓をお願い致します」
 崇はテーブルに額を付けた。必死の思いを込めて十を数え終えるまで付け続けた。
 それでも杜氏の態度は変わらなかった。顔を上げた崇を睨みつけたまま硬い表情で腕組みを解かなかった。
 それで崇はまた固まってしまったが、一徹の声が場を和ませようとした。
「明日、またお邪魔します。倅と将棋でも指して、こいつの人柄を見てやって下さい」
 一徹は杜氏の肩に手を置いて笑みを浮かべた。

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