🍶 夢織旅 🍶  ~三代続く小さな酒屋の愛と絆と感謝の物語~
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 それからひと月ほど経った頃だった。近所のアパートの一室が空いたので引っ越しの準備をしていると、「結婚式はどうするの?」と母が心配を口にした。父も「ちゃんとした方がいい」と、けじめを付けることを促した。
 両親の心配はもっともだった。まだプロポーズの言葉を幸恵に言っていないのだ。というより、まだ言う資格がないと思っていた。家庭を持つに相応しい男にはなれていないという引け目があったからだ。パリでの仕事もカリフォルニアでの仕事も中途半端で終わってしまったし、実家に帰ってからも手伝いの域を抜けていなかった。確固とした存在感を自分で感じられていないのだ。
 しかし、幸恵の立場に立てば、宙ぶらりんな状態が続いていることは疑いようがなかった。カリフォルニア以来ずっと同棲状態なのに、それから何も進展がない状態が続いているのだ。いつまでもこの状態を続けるわけにはいかないし、そろそろケジメを付けなければならない時期に来ているのは間違いなかった。新居への引っ越しというタイミングを逃せばまたずるずると同棲状態が続くだろう。
 このタイミングしかない。
 醸は心を決めた。

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