姉の代わりにお見合いしろ? 私に拒否権はありません。でも、あこがれの人には絶対に内緒です
「いらっしゃいませ~」
「やあ、叶奈ちゃん。いつもの頼むよ」
店の入口から顔なじみのトラックドライバーが顔をのぞかせた。
「お祖母ちゃんの明石焼きですね。ちょうど焼きあがったところです」
「お、うれしいね!」
「奥の席にどうぞ」
叶奈の家族は、祖父母と母の三人。
母の麻子は、叶奈がまだ赤ちゃんの頃に離婚しているから父の記憶はない。
麻子は離婚後は苦労したらしいが、それを叶奈に感じさせたことがないタフで明るい人だ。
叶奈は母や祖父母に愛されて育ったから、父がいなくて寂しいと感じたことはない。
ただし麻子は別れた夫のことと、嫁ぎ先に残してきた叶奈の姉の奈緒のことは一切話さない。
いつも元気そうに見せているが、心の奥には離婚のときの深い傷が残っているのかもしれない。
「叶奈ちゃん、おでん始めてる?」
「ありますよ。こちらで選んでくださいね」
また常連から声がかかった。
今年は残暑が厳しかったが、やっと最近になって秋らしいメニューに注文が入るようになってきた。
長距離運転手だけでなく、家族連れやオートバイのライダーたちも立ち寄るから昼時の忙しさはなかなかのものだ。
小さいころから店で過ごすことが多かったせいか、叶奈はてきぱきと仕事をこなしていく。
短時間のアルバイトとはいえ、調理場も接客もこなせる叶奈は祖父母や従業員たちから頼りにされていた。