姉の代わりにお見合いしろ? 私に拒否権はありません。でも、あこがれの人には絶対に内緒です


コーヒーのいい香りが店内に漂う。
前田は趣味で集めたたくさんのカップコレクションからマイセンのものを選び、丁寧にコーヒーを注ぐと譲の前にカップを置いた。

心のこもった一杯は、ゆっくり味わっているうちに譲の心を落ち着かせてくれた。

「おいしいです」
「ま、せいぜいがんばって」

店主はおもしろがっているようだ。
譲は叶奈の気持ちを掴みきれていないのだから、なにをどうがんばればいいのか迷うところでもあった。

「譲君、ほしいものは努力だけじゃ手にはいらないかも」
「え?」

「この一杯のコーヒーにだって、思いの丈を込めているんだよ」
「は、はい」

「つまり、情熱」

本気なら、迷わず熱量を持って叶奈を追えということだろう。

とりあえず叶奈がミエルでアルバイトしていて、この近くに住んでいることがわかっただけでも上出来だ。
この前のパーティーで見かけた時とは違い、今日の叶奈はカジュアルな服装でほとんど化粧をしていない。
譲のよく知る叶奈のままだ。

(だが恭介は、叶奈のことを松尾電機社長の孫って言ってたな)

それなら、麻子が大金を借りたのは松尾家からなのか。大きなお金が動かす力は十分にありそうだ。
麻子が離婚した相手は、松尾家の人間なのだろう。たとえば、後継ぎとか。

二十年以上前のことなら、譲より詳しいはずの人が目の前にいる。

「部長、松尾電機のご家族のことでなにかご存じないでしょうか」

「あの、松尾電機のかい」
「はい」

「さあねえ。上流家庭には興味なかったからなあ」
「そうですか」

譲はどんな細い糸でもいいから、叶奈との繋がりを求めることにした。









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