姉の代わりにお見合いしろ? 私に拒否権はありません。でも、あこがれの人には絶対に内緒です


***



あまり土地勘のなさそうな叶奈がめちゃくちゃに走るものだから、譲は見失ってしまった。

「以外に足が速いじゃないか」

まさか自分が本気で女性を追いかけるなんて、あきれすぎて逆に面白くなってきた。

少し汗ばんでカフェに戻ってきた譲を、前田はあっけにとられた顔で迎えてくれた。

「譲君、君らしくないねえ」
「前田部長、すみません」

譲がカウンターに座るとコーヒーを淹れ始める。

「はあ」

譲のため息を聞き洩らさなかったのか、店主が冷たい水の入ったガラスコップを持ったままニヤニヤと話しかけてきた。

「叶奈さん、かわいいからね」

「前田部長」

「それ、もうやめない。とっくに会社は辞めたんだから」
「つい、くせで」

前田が勤めていたのは湯浅ホールディングスで、譲が入社した時の上司だった。
社会人としての一歩をしっかり教えてもらったし、海外出張に同行させてもらったこともある。
譲の努力とその結果を一番喜んでくれている人だ。

「何かあったの、彼女と」

「あったというより、何も始まらなかったというか」

恋が始まりかけたのに、自然消滅しかかっている。譲としてはじれったい関係だ。

「彼女、この近くに住んでいるんですか」
「教えない」

「そうですよね。すみません」

本人にことわりもなく住所を教えてもらえるわけがないと譲にもわかっていたが、つい気がせいて尋ねてしまったのだ。




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