名も無き君へ捧ぐ
第4章
泡沫
奇妙で不思議な幸せがあるこの日常に、変化が訪れたのは、春の足音がほんの少し近づいた、そんな頃だった。
《今年の桜の開花予報が発表されました―――――》
「桜....?」
テレビから聞こえてきた声にハッとした。
もうそんな時期なのか。
この辺だと、1番近くて綺麗な場所は土手。
まだ全然寒い頃に冬弥と歩いた、あの場所だ。
声をかけようとしたが、冬弥の姿がない。
カーテンがひらひら揺れている。
僅かに開いた窓から、少し強い柔らかい風が流れ込む。
寒さが和らいだ暖かな陽射しは、部屋に穏やかに降り注ぐ。
カーテンの向こうを覗くと、ベランダの手すりに寄りかかりながら冬弥か何か口ずさんでいた。
目を閉じてどこか楽しげに。
彼の姿は陽射しに包まれて眩しく儚く映る。
霞みがかるのは、彼は人間じゃないから?
それとも........。
いや、消えないで。
私に気づいた冬弥は振り向くと、口元に笑みを浮かべ目を細めた。
いたずらな表情はいつもと変わらないはずなのに、ずっと懐かしい気分が降りかかる。
なんで?どうして?
今ここに一緒にいるはずなのに。
私の不安などよそに、彼はにこにこしながら手招きする。
チクチクとくすぐったい柔らかな痛みが走る。
嬉しさを隠し、ベランダへと向かう。