〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
「彰良は妻を殺された可哀想な夫を装っていても、浮気したあげくに浮気相手に乗り換えたって情報をネットにばらまけば、私が殺さなくてもネットの人間が勝手に彰良を処刑してくれる。世間は人様の不倫や浮気に厳しいからね。あの男が周りに取り繕ってる好青年の化けの皮を剥がしてやったの。いいストレス発散になったよ」

 妻を失った下山彰良は厳しい批判の声に晒されている。理世と祐実、二人の女が苦しんだのも、元を辿れば彰良の優柔不断な行動が招いた結果だった。

 藍川店長との報われない恋への八つ当たりだとしても、2年を費やした理世の復讐は成就したと言える。
だから彼女はこんなにも清々しく笑っているのだ。

「取り調べの刑事に私を指名した理由は?」
「神田さんは私と同じ匂いがする。店に来た時に感じたの。同じ人種の匂いだって」
「人種?」

 そこで理世は薄く笑った。彼女は化粧っ毛のない目元を細めて、赤い唇を妖しく動かす。

「人を殺せる人種。私達、きっと同類だよ」

……ぞくりと背筋を這う寒気に襲われ、声も出せない。

「ねぇ、神田さん。嫌いな人間が死んだ時も人は“悲しい”って思うのかな?」

 その感情を美夜は知っていた。優しく問いかけられた問題の答えには、身に覚えがある。

「私は笑っちゃったんだ。血まみれになったあの女の死体を見ても涙も出なかった。人の男略奪するから幸せ壊されるんだ、ざまぁみろって笑っちゃった。私って狂ってる?」

 笑い狂う理世を刑事が取り押さえている間に、美夜は取調室から抜け出した。あのままあそこに居れば理世の狂気に呑まれてしまう。

 廊下の窓から差し込む夕焼け空が眩しかった。これだけ晴れ間が続けばそろそろ嫌いな雨が恋しくなる。
良いのか悪いのか、予報では明日も雨は降らない。

 壁に背をつけて項垂れる美夜の横に九条が並ぶ。

『お前って犯人に好かれるタイプの刑事だよな。春に逮捕したデリヘル殺人の陳内《じんない》も今の女も、やけにお前に執着してる』
「それだけ私の性質が犯罪者に近いってことじゃない?」
『……本気で言ってる?』

見上げた九条の横顔には明らかな怒気の気配が漂っている。西日に彩られた茜色の世界で、沈黙する男と女が睨み合った。

「冗談よ。そこは笑い飛ばすところでしょう?」
『普段まったく冗談言わない奴が言う冗談は心臓に悪いんだよ』

 美夜に背を向けて彼は数歩先の自販機まで長い脚を伸ばした。小銭の触れる音の後に聞こえた自販機の音。
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