〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
 喪服と黒いストッキングを床に脱ぎ散らかし、メイクも落とさずベッドに寝そべる。
何もやる気がおきない。着替えも入浴も面倒で、散らかった服を片付ける気にもならなかった。

手っ取り早く酔いたくなって、手を伸ばした缶ビールを喉に流した愛佳はスマートフォンの画像フォルダを開いた。データを去年に遡ると、昨年の愛佳のミスコン活動中に撮影された多くの思い出写真が現れる。

 思い出のスナップショットにはいつも小夏の片鱗《へんりん》があった。

 ミスコンの他の候補者に嫌がらせを受けて落ち込む愛佳を小夏が励ました深夜のファミレス。ファミレスの特大フルーツパフェは小夏とシェアして完食した。

小夏と共に、この部屋で徹夜で考えたミスコンのスピーチ原稿。あの日、この窓から見た夜明けは不思議な色合いのラベンダーピンクだった。

この頃までは小夏とツーショットを撮っていた。彼女とツーショットを撮らなくなったのは、いつからだろう?

 スマホのランプがチカチカ点滅する。一度画像フォルダを閉じてホーム画面に戻った愛佳は、黒色の四角いアプリアイコンの右上に一件の通知表示を見つけた。


 ──【あなたの復讐は完遂されました。アプリを脱会してアンインストールしてください。】──


 “エイジェント”から届いたメッセージボードを黙読した彼女は、スナック菓子をほおばる顔を歪めて冷笑した。

小夏の親も弔問客も、大学の友達も警察も、小夏を殺したのはマッチングアプリで知り合った男だと思っている。警察が血眼になってマッチングアプリの男を捜査したところで、小夏を殺した犯人は絶対に見つからない。

 アプリの脱会とアンインストールの手続きを済ませて再び画像フォルダを開く。

選択した何十枚の写真データは〈この画像を削除しますか?〉のyesボタンを軽やかにタップするだけで、数秒のうちに視界から消えた。
ファミレスの特大フルーツパフェもラベンダーピンクの夜明けも、今の愛佳には不要だ。

「ばいばーい。小夏」

 今夜は小夏の死を祝う、独りきりの宴《うたげ》。高揚してふわふわする心と頭。こんなに嬉しいのは久しぶりだった。

 コンビニで買い込んだ缶ビールもスナック菓子も、汗と涙でメイクがよれた自分の顔も、小夏の死の真相も、全部ぜんぶ、インスタグラムには載せられない。

真実はSNSには載らない裏側に隠れている。

ファインダー越しの世界は綺麗?
ファインダー越しの貴女は綺麗?


 ──“嫌いな人が死んだ時も、人は“悲しい”と思うのかな?”──



episode3.【夏霞】ーENDー
< 89 / 92 >

この作品をシェア

pagetop