lavender girl 【あの日の君を探して】

第1章 愛情

 「またいつか、ここで会えるんだね?」 黒川の河川敷で清美がポツリと言った。
その声は川沿いの道を走る音に掻き消されてしまった。
 「何て言ったの?」 タイムカプセルを埋めながら俺は暗い顔になった清美を見上げた。
だが清美は何も言わずにカプセルの上に石を置いていく。
 「これで終わったわね。 4年経ったらあなたはどうなってるんだろう?」 「さあねえ。 そんな先のことまで分からないよ。」
 「少しは自信を持ったら?」 「自信が有ったらこんな町には居ないよ。」
「それもそうね。 あなたなら売れない作家になってるかもしれないし、、、。」 「売れない作家、、、か。」
「今までみたいに甘えられなくなるんだし考えたほうがいいよ。」 「それもそうだな。」

 低い雲が流れていく。 川面に降り立つ風も重たくなってきた。
ついこの間まであれだけ雪が降っていたのに、弥生三月の声を聴いたとたんに雪が消えてしまった。
 卒業証書を持った卒業生たちが講堂から校門へ向かって歩いてきた。
「やあ、先輩じゃないですか。 やっと卒業させてもらえるんですね?」 いつもバスケで走り回っていた栗田裕作が手を上げた。
 「お前ほど困ってなんか無いぞ。」 「相変わらずですねえ。」
苦笑いしながら俺はポケットに忍ばせておいた缶コーヒーを取り出した。

 (それにしてもやっとはないだろう?) 俺はずっと汗の臭いを沁み込ませてきた部室で壁を見詰めていた。
「何だ、まだここに居たの?」 そこへ清美が(諦めの悪い人ねえ。)って言いたそうな顔で入ってきた。
 「そりゃそうさ。 ここで最後の儀式をやるんだ。」 「最後の儀式?」
「そうだよ。 「そう。 ここで俺と松山清美はお別れのキスをするんだ。」
「バッカみたい。 それでも本気なの?」 「もちろんだ。 清美はこれまで我がバスケ部のマネージャーだったんだし、加藤幸太郎の彼女でもあったわけで、、、。」
「いかれてるわね。 お別れのキスなんて10年早いわよ。」 「言うなあ、、、。」
 俺が空き缶を放り投げた時、外で誰かの声が聞こえた。 「まだ誰か居るのか? 下校時間だぞ。 早く帰りなさい。」
「やばいやばい。 卒業式の後であいつの説教はごめんだぜ。」 屯していた卒業生たちがバッグを抱えて走り出していった。
 俺は部室の窓に掛けてある不似合いな赤いカーテンを引いた。 「よくもまあこんなカーテンで3年間も辛抱したわねえ。」
「いいじゃないか。 こいつのおかげで俺たちは相当の結果を残せたんだから。」 「それはそうかもしれないけど、男の子が真っ赤なカーテンっていうのはやっぱり変だよ。」
清美は俺が引いた真っ赤なカーテンをジロジロと見やって笑った。
 ここ、高野原高校バスケ部は県内でも強豪校の一つである。 市立雪野谷高校といつも競り合っている。
それでも今年はギリギリで全国大会を逃したのだった。

 部屋の隅に片方だけのバスケットシューズが置き忘れたように転がっていた。 「こいつも見納めだな。」
俺はそのバスケットシューズを拾い上げると棚の上に置いて手を合わせた。
 それは2年の秋だった。 俺と一緒に入部して活躍していた横山愛之助が部活の帰りに電車に轢かれて死んじまった。
突然の事故だった。 俺が聞いたのは家に帰ってからだった。
病院に行こうとしたら「あんたは来ない方がいい。」って愛之助の姉さんに止められたんだ。 その訳が分かったのは葬式の後だった。
 棺桶の蓋は閉められたままで顔すら拝むことは出来なかった。 「落ち着いて聞いてね。 拝ませてあげたかったけどそうもいかなかったの。」
「何で?」 「愛之助は顔も分からないくらいにぐちゃぐちゃだったの。 そんな愛之助を見せたくなかったのよ。」
「姉さん、、、。 ぼくはどんな顔でも見れたよ。 愛之助はぼくらの仲間だったんだから。」 祭場から車が出ようとしていた。
姉の和子は「そこまで覚悟してるんなら焼く前に見せてあげる。」 そう約束してくれた。
 以来、愛之助のバスケットシューズは守り神になった。 どんな試合でも誰かが履いていた。
そしてここまでやってきたんだ。

 「おーい、まだ残ってるのか? 早く下校しなさい。」 静まり返った廊下にまたあの声が響いた。
振り返ると清美は既にそこに居なくて俺だけが寂しくなった棚を見詰めて立っていた。



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