気紛れ天使 【君に会えたあの夏へ戻りたい】
第1章 夏の夜
「ああ、美紀ちゃんかい? 今、東京駅に着いたんだ。」 「これからどうされるんですか?」
「ロスでの商談が終わったところだから田沢湖に行ってのんびりしてくるよ。」 「そうなんですね? じゃあお帰りは?」
「そうだなあ。 明後日六日の夕方ごろだな。」 「寂しいわ。」
岸川純一郎 55歳。 親父が作り上げた商社で世界を駆けまわっている男である。 親父は3年前に病気で死んでしまった。
その家には家政婦の石原美紀が10年前から住み込んでいて家事全般を任されている。 ロスでの商談もなんとかまとまって日本へ帰ってきた純一郎は暫しの休みを田沢湖で過ごすつもりで東北新幹線を待っていた。
東北新幹線、大宮から出発したこの新幹線は上野に延び、そして東京駅の地下に潜り込んだ。
そこには上越新幹線も発着する物だから東京←→大宮間はものすごいことになっている。 それでもよく作ったものだ。
8月の暑い水曜日の午後、純一郎はここから秋田へ向かうコマチ27号に乗っていた。
上の 大宮 那須塩原 郡山 仙台 盛岡 雫石と止まってやっと田沢湖である。
盛岡まではハヤブサ27号と共に走って行く。 そのコマチが盛岡からは在来線を疾走するのである。
ツバサといいコマチといい、在来線をかっ飛ばしていく新幹線は圧巻でカメラポイントには鉄道マニアがいつも絶えない。
東京駅を出発してまずは上野へ。 純一郎の頭の中ではパンダのランランとカンカンを見に行ったあの頃の思い出が蘇っている。 あれからもう何年経ったんだろう?
パンダは中国の象徴だ。 とはいっても元は熊。
笹竹を食べているからおとなしく見えるだけ。 まるで中国そのものじゃないか。
上野を出ると次は大宮。 今では鉄道博物館も作られているこの町、、、。
でもなぜか純一郎には思い出らしい思いでは無い。 遊びに来たことすら無いのだからしょうがないなとは思っているが、、、。
ここから東北新幹線と上越新幹線が分かれるんだ。 上越新幹線は長野を通って新潟へ向かう。
長野といえば死んだばあさんの故郷だと聞いている。 なんでも実家の旅館から貰われてきたんだそうで、、、。
じいさんが旅行中に泊まった旅館の女将から「明日からでもいいからこの子を貰ってやってくれ。」って言われて押し付けられたんだそうだ。
若かったもんだから断れなかったんだな。 そして親父が生まれた。
その頃はまだ九州に住んでたんだ。 じいさんは炭坑で働いていた。
炭坑が閉山した後はセメント会社で働いていた。 それを見ていた親父は何を思ったのか東京へ出て行ったわけだ。
そして看護婦と知り合って結婚した。 そこに純一郎が生まれたわけだ。
親父の清治は商社を立ち上げた。 テーブルとか食器棚とかインテリア雑貨を取り扱う商社をね。
純一郎が二十歳で入社した時には欧米向けに成長してきた頃だった。
その頃、取締役の中には中国との取引を持ち掛けてくる人間も居たそうだが、清治は徹底してこれを跳ねのけてきた。
さんざんにもめたことだって有る。 取締役会は社長を解雇しようとして紛争したが、いつもギリギリのところでひっくり返されてきた。
そんな中で親父が癌を患って死んでしまったんだ。 遺品の中から見たことの無い旅館の写真が出てきた。
田沢湖町に有る《清島》という小さな旅館である。 ロスの帰りに寄ってみようと思った純一郎はコマチに乗った。
田沢湖駅から八幡平に向かって行くらしい。 人里離れたと言えば大げさだが山の麓に在るらしい。
盛岡まで2時間弱の旅である。 大宮から那須塩原へ向かう。 那須といえば御用邸が在る所だ。
1982年ごろ、東北新幹線がまさかこんな姿になるとはだれも予想しなかっただろう。
ましてや青函トンネルを疾走して北海道にまで抜けていくなんて誰が予想しただろうか?
そして秋田へ山形へ市内を駆け抜ける新幹線を通してしまったのだ。
福島を過ぎ、仙台を通り過ぎると次は森岡である。 ここで前を走っていたハヤブサを切り離す。
ハヤブサ コマチの連結と開放のシーンは東北新幹線随一の名場面だろう。 このシーンを撮影しているカメラマンやユーチューバーは多い。
開放されたコマチは田沢湖線を疾走する。 ここから40分ほどで田沢湖駅だ。
駅を出るとさすがは秋田である。 都会のような凍てついた暑さは感じない。
ここから八幡平へ向かうのである。 その麓に目指す旅館が在った。
タクシーを降りて旅館の玄関に立つ。 〈清島〉と書かれた看板が静かに立っている。
背のほうには八幡平が悠々と聳えているのが見える。 呼び鈴に気付いたのか女が出てきた。
「いらっしゃいませ。 岸川さんですね?」 「そうです。」
「中へお入りくださいませ。 私がご案内します。」 和服姿で初老らしい女性が純一郎を案内する。
客室を繋ぐ廊下には女中たちが走り回っている。 「康子さん そんなに走らなくてもいいでしょう?」
「走らないと間に合いません。」 「それはあなたがギリギリまでお客さんに甘えてるからよ。」
「いいじゃないですか。 たくさんご褒美もくれるんだし、、、。」 バタバタと走り回っている女中たちを見ながら初老の女は溜息を洩らした。
「ダメねえ。 今の女の子たちはこれだから、、、。」 純一郎は廊下を歩きながらチラッと見える中庭を覗いた。
奥のほうに露天風呂が有るという。 そのほうからなのか、甘える女の声が聞こえている。
「またやってるんだわ。 ここはあんないかがわしい旅館じゃないのに、、、。」
少し歩いて渡り廊下を行くと{アジサイの間}と書かれた札が下がっている部屋の前に来た。
「ここが今日からお泊りいただくお部屋です。 和室ですのでごゆっくりなさってくださいませ。」 引き戸を開けて中へ入る。
畳敷き六畳ほどのこじんまりした部屋である。 電話とポット以外には何も無い。
テーブルに落ち着くと女が名刺を差し出した。 「ご紹介遅くなりました。 私はお上の吉田雅子と申します。 出発されるまでよろしくお願いいたします。」
和服姿で色白な女である。 あの写真にも写っていた女、、、。
(親父はここで何をしてたんだろう?)
女将が部屋を出ていった後、40歳くらいの女が若い女の子を連れて部屋に入ってきた。 「岸川様の世話をさせていただきます。 吉永百合子と申します。 このたびは当旅館にお泊りいただきありがとうございます。」
女はペコリと頭を下げると女の子にも挨拶するように促した。 「わ、私は吉田寛子と申します。 お客様が出発されますまでお世話をさせていただきますのでどうぞよろしくお願いいたします。」
寛子がテーブルに着くと百合子が耳打ちをしてきた。 「夜のお相手もさせていただきます。 何分初めてですのでお客様のほうで優しくリードしてあげてくださいませ。」
「夜のお相手?」 「そうです。 お泊りになられる方は男性が多いので、、、。」
純一郎は腑に落ちた気がした。 廊下を歩いていたらうんとかあんとか甘い声が聞こえていたのはそういうことだったのか。
(しかし寛子はまだまだ子供じゃないのか?) 不審に思っていると、、、。
「いいわね。 お客様に楽しんでいただけるように世話するのよ。 余計なことはやらなくてもいいから。」 百合子がそう話してから部屋を出ていった。
「お食事は何時ごろになさいますか?」 純一郎に寛子がおずおずと聞いた。
「そうだなあ、、、先に風呂に入りたいから6時半くらいでいいかな。」 「畏まりました。 厨房に伝えてまいります。」
寛子が部屋を出ていった後、純一郎は窓から庭を見渡した。 広いとは言えないがスッキリした手入れの行き届いた庭である。
日本庭園をイメージしているのか、盆栽や石灯篭、垣根も時を感じさせる物が有る。
その奥のほうに木で仕切られた場所が有る。 そこがどうやら露天風呂らしい。
一応、部屋の中にも浴室は有るのだが、露天風呂に興味を感じた純一郎は庭に出て木戸を開いてみた。
なるほど、自然の岩を組み合わせて作られたかけ流しの露天風呂だ。 木の棚に服を置いて湯をかぶる。
「いい風呂だなあ。 山の空気も冷たくて最高だ。」 垣根の向こう側には八幡平がチラッと頭を覗かせている。
体を洗って湯に浸かって空を仰いでみる。 家の風呂ではまず味わえない御馳走だ。
空に見惚れていると木戸が開いた。 (おや?)
何気にそちらを見ると服を脱いだ寛子が恥ずかしそうに立っていた。 「私もご一緒させていただきます。」
そう言うと湯をかぶって純一郎の隣に寛子も体を浸けてきた。
部屋の中ではよく見なかったのだが一目で惚れてしまいそうな女の子だ。 でもどっか動作がぎこちない。
「実は私、お客様のお世話をさせていただくのは今日が初めてなんです。」 「初めて?」
「はい。」 「だからお客様のほうで、、、なんて言ってたのか。」
「あれは夜のお世話のことです。」 「夜のお世話?」
「この旅館は昔は花宿でした。 今もそう思われていて社長さんとか議員さんが来られたら夜のお相手もするんです。」 「じゃあさあ、一緒に寝るってことかい?」
「長く働いている女中のほとんどはそうですね。 でも私は嫌なんです。 そういうのが。」 「だろうな。 俺だってそれを目当てに泊まってるわけじゃないから。」
垣根の向こうからまたまた甘えるような甘い声が聞こえてきた。 「今日も大企業の社長さんが泊ってるんで女中が先を争って群がってます。 はしたないことです。」
寛子はそちらに目をやると俯いてしまった。
「ロスでの商談が終わったところだから田沢湖に行ってのんびりしてくるよ。」 「そうなんですね? じゃあお帰りは?」
「そうだなあ。 明後日六日の夕方ごろだな。」 「寂しいわ。」
岸川純一郎 55歳。 親父が作り上げた商社で世界を駆けまわっている男である。 親父は3年前に病気で死んでしまった。
その家には家政婦の石原美紀が10年前から住み込んでいて家事全般を任されている。 ロスでの商談もなんとかまとまって日本へ帰ってきた純一郎は暫しの休みを田沢湖で過ごすつもりで東北新幹線を待っていた。
東北新幹線、大宮から出発したこの新幹線は上野に延び、そして東京駅の地下に潜り込んだ。
そこには上越新幹線も発着する物だから東京←→大宮間はものすごいことになっている。 それでもよく作ったものだ。
8月の暑い水曜日の午後、純一郎はここから秋田へ向かうコマチ27号に乗っていた。
上の 大宮 那須塩原 郡山 仙台 盛岡 雫石と止まってやっと田沢湖である。
盛岡まではハヤブサ27号と共に走って行く。 そのコマチが盛岡からは在来線を疾走するのである。
ツバサといいコマチといい、在来線をかっ飛ばしていく新幹線は圧巻でカメラポイントには鉄道マニアがいつも絶えない。
東京駅を出発してまずは上野へ。 純一郎の頭の中ではパンダのランランとカンカンを見に行ったあの頃の思い出が蘇っている。 あれからもう何年経ったんだろう?
パンダは中国の象徴だ。 とはいっても元は熊。
笹竹を食べているからおとなしく見えるだけ。 まるで中国そのものじゃないか。
上野を出ると次は大宮。 今では鉄道博物館も作られているこの町、、、。
でもなぜか純一郎には思い出らしい思いでは無い。 遊びに来たことすら無いのだからしょうがないなとは思っているが、、、。
ここから東北新幹線と上越新幹線が分かれるんだ。 上越新幹線は長野を通って新潟へ向かう。
長野といえば死んだばあさんの故郷だと聞いている。 なんでも実家の旅館から貰われてきたんだそうで、、、。
じいさんが旅行中に泊まった旅館の女将から「明日からでもいいからこの子を貰ってやってくれ。」って言われて押し付けられたんだそうだ。
若かったもんだから断れなかったんだな。 そして親父が生まれた。
その頃はまだ九州に住んでたんだ。 じいさんは炭坑で働いていた。
炭坑が閉山した後はセメント会社で働いていた。 それを見ていた親父は何を思ったのか東京へ出て行ったわけだ。
そして看護婦と知り合って結婚した。 そこに純一郎が生まれたわけだ。
親父の清治は商社を立ち上げた。 テーブルとか食器棚とかインテリア雑貨を取り扱う商社をね。
純一郎が二十歳で入社した時には欧米向けに成長してきた頃だった。
その頃、取締役の中には中国との取引を持ち掛けてくる人間も居たそうだが、清治は徹底してこれを跳ねのけてきた。
さんざんにもめたことだって有る。 取締役会は社長を解雇しようとして紛争したが、いつもギリギリのところでひっくり返されてきた。
そんな中で親父が癌を患って死んでしまったんだ。 遺品の中から見たことの無い旅館の写真が出てきた。
田沢湖町に有る《清島》という小さな旅館である。 ロスの帰りに寄ってみようと思った純一郎はコマチに乗った。
田沢湖駅から八幡平に向かって行くらしい。 人里離れたと言えば大げさだが山の麓に在るらしい。
盛岡まで2時間弱の旅である。 大宮から那須塩原へ向かう。 那須といえば御用邸が在る所だ。
1982年ごろ、東北新幹線がまさかこんな姿になるとはだれも予想しなかっただろう。
ましてや青函トンネルを疾走して北海道にまで抜けていくなんて誰が予想しただろうか?
そして秋田へ山形へ市内を駆け抜ける新幹線を通してしまったのだ。
福島を過ぎ、仙台を通り過ぎると次は森岡である。 ここで前を走っていたハヤブサを切り離す。
ハヤブサ コマチの連結と開放のシーンは東北新幹線随一の名場面だろう。 このシーンを撮影しているカメラマンやユーチューバーは多い。
開放されたコマチは田沢湖線を疾走する。 ここから40分ほどで田沢湖駅だ。
駅を出るとさすがは秋田である。 都会のような凍てついた暑さは感じない。
ここから八幡平へ向かうのである。 その麓に目指す旅館が在った。
タクシーを降りて旅館の玄関に立つ。 〈清島〉と書かれた看板が静かに立っている。
背のほうには八幡平が悠々と聳えているのが見える。 呼び鈴に気付いたのか女が出てきた。
「いらっしゃいませ。 岸川さんですね?」 「そうです。」
「中へお入りくださいませ。 私がご案内します。」 和服姿で初老らしい女性が純一郎を案内する。
客室を繋ぐ廊下には女中たちが走り回っている。 「康子さん そんなに走らなくてもいいでしょう?」
「走らないと間に合いません。」 「それはあなたがギリギリまでお客さんに甘えてるからよ。」
「いいじゃないですか。 たくさんご褒美もくれるんだし、、、。」 バタバタと走り回っている女中たちを見ながら初老の女は溜息を洩らした。
「ダメねえ。 今の女の子たちはこれだから、、、。」 純一郎は廊下を歩きながらチラッと見える中庭を覗いた。
奥のほうに露天風呂が有るという。 そのほうからなのか、甘える女の声が聞こえている。
「またやってるんだわ。 ここはあんないかがわしい旅館じゃないのに、、、。」
少し歩いて渡り廊下を行くと{アジサイの間}と書かれた札が下がっている部屋の前に来た。
「ここが今日からお泊りいただくお部屋です。 和室ですのでごゆっくりなさってくださいませ。」 引き戸を開けて中へ入る。
畳敷き六畳ほどのこじんまりした部屋である。 電話とポット以外には何も無い。
テーブルに落ち着くと女が名刺を差し出した。 「ご紹介遅くなりました。 私はお上の吉田雅子と申します。 出発されるまでよろしくお願いいたします。」
和服姿で色白な女である。 あの写真にも写っていた女、、、。
(親父はここで何をしてたんだろう?)
女将が部屋を出ていった後、40歳くらいの女が若い女の子を連れて部屋に入ってきた。 「岸川様の世話をさせていただきます。 吉永百合子と申します。 このたびは当旅館にお泊りいただきありがとうございます。」
女はペコリと頭を下げると女の子にも挨拶するように促した。 「わ、私は吉田寛子と申します。 お客様が出発されますまでお世話をさせていただきますのでどうぞよろしくお願いいたします。」
寛子がテーブルに着くと百合子が耳打ちをしてきた。 「夜のお相手もさせていただきます。 何分初めてですのでお客様のほうで優しくリードしてあげてくださいませ。」
「夜のお相手?」 「そうです。 お泊りになられる方は男性が多いので、、、。」
純一郎は腑に落ちた気がした。 廊下を歩いていたらうんとかあんとか甘い声が聞こえていたのはそういうことだったのか。
(しかし寛子はまだまだ子供じゃないのか?) 不審に思っていると、、、。
「いいわね。 お客様に楽しんでいただけるように世話するのよ。 余計なことはやらなくてもいいから。」 百合子がそう話してから部屋を出ていった。
「お食事は何時ごろになさいますか?」 純一郎に寛子がおずおずと聞いた。
「そうだなあ、、、先に風呂に入りたいから6時半くらいでいいかな。」 「畏まりました。 厨房に伝えてまいります。」
寛子が部屋を出ていった後、純一郎は窓から庭を見渡した。 広いとは言えないがスッキリした手入れの行き届いた庭である。
日本庭園をイメージしているのか、盆栽や石灯篭、垣根も時を感じさせる物が有る。
その奥のほうに木で仕切られた場所が有る。 そこがどうやら露天風呂らしい。
一応、部屋の中にも浴室は有るのだが、露天風呂に興味を感じた純一郎は庭に出て木戸を開いてみた。
なるほど、自然の岩を組み合わせて作られたかけ流しの露天風呂だ。 木の棚に服を置いて湯をかぶる。
「いい風呂だなあ。 山の空気も冷たくて最高だ。」 垣根の向こう側には八幡平がチラッと頭を覗かせている。
体を洗って湯に浸かって空を仰いでみる。 家の風呂ではまず味わえない御馳走だ。
空に見惚れていると木戸が開いた。 (おや?)
何気にそちらを見ると服を脱いだ寛子が恥ずかしそうに立っていた。 「私もご一緒させていただきます。」
そう言うと湯をかぶって純一郎の隣に寛子も体を浸けてきた。
部屋の中ではよく見なかったのだが一目で惚れてしまいそうな女の子だ。 でもどっか動作がぎこちない。
「実は私、お客様のお世話をさせていただくのは今日が初めてなんです。」 「初めて?」
「はい。」 「だからお客様のほうで、、、なんて言ってたのか。」
「あれは夜のお世話のことです。」 「夜のお世話?」
「この旅館は昔は花宿でした。 今もそう思われていて社長さんとか議員さんが来られたら夜のお相手もするんです。」 「じゃあさあ、一緒に寝るってことかい?」
「長く働いている女中のほとんどはそうですね。 でも私は嫌なんです。 そういうのが。」 「だろうな。 俺だってそれを目当てに泊まってるわけじゃないから。」
垣根の向こうからまたまた甘えるような甘い声が聞こえてきた。 「今日も大企業の社長さんが泊ってるんで女中が先を争って群がってます。 はしたないことです。」
寛子はそちらに目をやると俯いてしまった。
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