〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 今も芸能界の第一線で活躍する女優の本庄玲夏《ほんじょう れいか》は真紀の幼なじみだが、玲夏も下積み時代は電車やバスを利用して現場に向かっていた。
芸能界に居てもマネージャーによる車の送迎が、いつなんどきもつくわけではない。

 所属事務所の前、ダンスや演技の稽古場、時には学校の前で出待ちしているファンの尾行をいかにして巻くか。

十代や二十代前半の頃は稼ぎも少なく、行き帰りにタクシーなんて使えなくて、尾行を巻くのも大変だったと玲夏も昔話のついでに漏らしていたことがある。

『俺も気になったんで、莉愛の帰り道を注意して見てたんだが、俺が張ってた時は怪しい奴は見かけなかった。あげくに自分のスキャンダル狙ってる俺に莉愛は差し入れまで持ってくる始末だ』
「記者に差し入れするアイドルもなかなかいないですね。莉愛も桑田さんに見守ってもらう感覚だったんだと思います」
『もっと早くにフルリールの内情を暴いて、あのグループから莉愛を救い出せてたら莉愛があんな目に遭うこともなかったのにな』

 現時点では莉愛のストーカー被害を裏付ける証拠や報告はなかった。莉愛が悪質なファンに悩んでいたのなら、マネージャーが事情を知っているかもしれない。

 莉愛の集団強姦事件とリベンジポルノ騒動は、裁かれるべき加害者は判明している。瀬田聖、増山昇、伊吹大和、そして集団強姦を手引きしたフルリールメンバーの誰か。

明らかな悪が存在しているのに誰一人、罪に裁かれなかった。
これは私刑だ。次に狙われるのは伊吹大和? それとも……。

『お嬢ちゃんとこの新しい部下、刑事らしくねぇな。とくに目が』
「本人が一番そう思っているでしょうね」
『こんな仕事してると人を見る目は養われる。あれはどっちかと言うと犯罪者の目だ』

 ミニドーナッツの最後のひとつを一口で食べ終えた桑田が無言の真紀を横目に見る。

『……部下をそんな風に言うなって怒らねぇんだな。お嬢ちゃんは怒るかと思った』
「桑田さんの観察眼と記者の嗅覚は信用していますよ。彼女は繊細過ぎるんです。誰よりも優しくて傷付きやすいから、誰にも心を開かない。本音や弱音を見せない。半年間、彼女を見てきた印象です。それでも相棒とは上手くやれているようなのでその点は安心していますけどね」

 静かな水面が湿気た風に揺らいだ。この揺れる水面の下には、底に深く潜り込んだ鯉達が悠々と泳いでいる。
水面の近くまで浮上しないと鯉の姿は見えない。なんだか美夜と似ていた。

『お嬢ちゃんができることは、あの子を最後まで信じて味方でいることだ。気をつけて見ててやれ』
「桑田さんはたまに真面目なことを言いますよね」
『惚れ直した? やっぱり今夜どうだ?』
「遠慮します。ベッドは旦那としか共にしない主義なもので」
『旦那が憎いねぇ』

そろそろ戻らなければ車で待つ美夜が退屈している。真紀は、一向に動きを見せない桑田の釣竿に一礼してから背を向けた。
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