【手直し中】野いちご源氏物語 〇二 帚木(ははきぎ)
つづいて頭中将が、
「私は愚か者の話をしましょう」
と、ご自分の思い出話をなさる。
「人目を忍んで関係を始めた恋人がいました。ほんの遊びのつもりだったのですが、家に通っているうちにだんだん情が移って、たまに顔を見せにいくくらいの間柄になっていたのです。するとあちらも私を恋人と思って頼りにしてくれるようになりました。
私は浮気者ですから、恨めしく思うこともあるだろうと心配していましたが、まったく浮気に気づかないふりをしてくれるのです。ひさしぶりに訪ねていっても、毎日来ている男をもてなすようにして、ほっと安らいだ気持ちにさせてくれます。さすがに私も心苦しくなって、長く大切にしてやろうと思っていました。
その人は親も亡くなっていて、とても心細かったのでしょう。何かにつけ私を頼ろうとする様子がいじらしかったものです。それなのに私は、嫉妬をしない性格に甘えて長く放っておいたことがありました。
あとから知ったのですが、このとき私の正妻が、誰かに命じてその女性に文句をつけたらしいのです。そんなかわいそうなことがあったとは知らず、しばらく手紙さえ送らないままでした。
私たちの間には幼い娘がいましたから、よけいに心細く思い悩んだのでしょう。ある日、あちらから私に手紙を送ってきたのです。手紙には撫子の花が添えられていました。『かわいい子どもを思い出して』という意味だったのでしょうね」
涙ぐみながらおっしゃる。
源氏の君は、
「その手紙の内容は」
とお尋ねになった。
「それがはっきりしたことは書かれていなかったのです。ただ、『たいした身分でもない私ですが、どうか娘のことはかわいがってやってください』とだけ。いったいどうしたのだろうと思って訪ねてみますと、いつものようにおっとりと優しいのですが、深い悩みがありそうな顔をしているのです。
肩を震わせて泣く声が、庭の虫の音と合わさって聞こえて、私は呑気にも昔の物語のようだと思っていました。それで、『たしかに私にはたくさんの恋人がいるが、あなたのことを一番に思っていますよ』と慰めました。愚かでしたね。母親のあの人を安心させるには、娘のことを思いやる言葉をかけてやるのが一番だったのに。
私の言葉を聞いて少しだけ悲しそうな顔をしましたが、激しく恨んでいるようには見えませんでした。涙があふれるのを恥ずかしがって顔を隠そうとするのです。『私に気づかれたくないと思うくらいなら、それほどたいしたことではないのだろう』と愚かな私は思って、またしばらく放っておきました。
するとその人は娘を連れて姿を消してしまったのです。
まだ生きているなら、きっと苦労していることでしょう。もっと私を頼って相談してくれていたら、行方不明になどさせませんでした。きちんと妻の一人にして、たまに家を訪れて世話をしつづけてやることだってできたはずなのです。
娘もとてもかわいらしい子でした。なんとか探し出そうとしているのですが、いまだに手がかりがありません。先ほどの話で言うなら、あの女性は妻にするには頼りない軽はずみな女だったということになりますね。むこうはもう私を見限っていたのに、私はかわいい恋人だと思いつづけていました。つまらない片思いをしたものです。
最近やっと忘れかけてきましたが、あちらはどうでしょう。物寂しい夕暮れ時などには、ときどき私のことを思い出して、自分が軽はずみだったと後悔しているのではないかと想像するのですよ。あの女性は、頼りなくて長く関係を続けられない女性の典型だったのかもしれません。
どの女性にも長所と短所があるのでしょうね。かみつき女は誠実だったが、実際に妻にしていたら嫌になることもあったでしょう。風流女は魅力的だが、浮気癖は困る。今話した私の恋人だって、おっとりして安らぐ女性だったけれど、行方をくらませたのは軽はずみだったし、もしかしたらその裏には男がいたのかもしれない。
そんなふうだから、女性を比較するのは難しいのです。さまざまな女性のよいところだけを集めた、文句のつけようのない女性などは存在しないのでしょう。こうなったらもう、お寺にある天女の像にでも恋をするしかありませんね。堅苦しい相手だけれど」
悲しいお話なのに最後は冗談をおっしゃる。皆様お笑いになった。
「私は愚か者の話をしましょう」
と、ご自分の思い出話をなさる。
「人目を忍んで関係を始めた恋人がいました。ほんの遊びのつもりだったのですが、家に通っているうちにだんだん情が移って、たまに顔を見せにいくくらいの間柄になっていたのです。するとあちらも私を恋人と思って頼りにしてくれるようになりました。
私は浮気者ですから、恨めしく思うこともあるだろうと心配していましたが、まったく浮気に気づかないふりをしてくれるのです。ひさしぶりに訪ねていっても、毎日来ている男をもてなすようにして、ほっと安らいだ気持ちにさせてくれます。さすがに私も心苦しくなって、長く大切にしてやろうと思っていました。
その人は親も亡くなっていて、とても心細かったのでしょう。何かにつけ私を頼ろうとする様子がいじらしかったものです。それなのに私は、嫉妬をしない性格に甘えて長く放っておいたことがありました。
あとから知ったのですが、このとき私の正妻が、誰かに命じてその女性に文句をつけたらしいのです。そんなかわいそうなことがあったとは知らず、しばらく手紙さえ送らないままでした。
私たちの間には幼い娘がいましたから、よけいに心細く思い悩んだのでしょう。ある日、あちらから私に手紙を送ってきたのです。手紙には撫子の花が添えられていました。『かわいい子どもを思い出して』という意味だったのでしょうね」
涙ぐみながらおっしゃる。
源氏の君は、
「その手紙の内容は」
とお尋ねになった。
「それがはっきりしたことは書かれていなかったのです。ただ、『たいした身分でもない私ですが、どうか娘のことはかわいがってやってください』とだけ。いったいどうしたのだろうと思って訪ねてみますと、いつものようにおっとりと優しいのですが、深い悩みがありそうな顔をしているのです。
肩を震わせて泣く声が、庭の虫の音と合わさって聞こえて、私は呑気にも昔の物語のようだと思っていました。それで、『たしかに私にはたくさんの恋人がいるが、あなたのことを一番に思っていますよ』と慰めました。愚かでしたね。母親のあの人を安心させるには、娘のことを思いやる言葉をかけてやるのが一番だったのに。
私の言葉を聞いて少しだけ悲しそうな顔をしましたが、激しく恨んでいるようには見えませんでした。涙があふれるのを恥ずかしがって顔を隠そうとするのです。『私に気づかれたくないと思うくらいなら、それほどたいしたことではないのだろう』と愚かな私は思って、またしばらく放っておきました。
するとその人は娘を連れて姿を消してしまったのです。
まだ生きているなら、きっと苦労していることでしょう。もっと私を頼って相談してくれていたら、行方不明になどさせませんでした。きちんと妻の一人にして、たまに家を訪れて世話をしつづけてやることだってできたはずなのです。
娘もとてもかわいらしい子でした。なんとか探し出そうとしているのですが、いまだに手がかりがありません。先ほどの話で言うなら、あの女性は妻にするには頼りない軽はずみな女だったということになりますね。むこうはもう私を見限っていたのに、私はかわいい恋人だと思いつづけていました。つまらない片思いをしたものです。
最近やっと忘れかけてきましたが、あちらはどうでしょう。物寂しい夕暮れ時などには、ときどき私のことを思い出して、自分が軽はずみだったと後悔しているのではないかと想像するのですよ。あの女性は、頼りなくて長く関係を続けられない女性の典型だったのかもしれません。
どの女性にも長所と短所があるのでしょうね。かみつき女は誠実だったが、実際に妻にしていたら嫌になることもあったでしょう。風流女は魅力的だが、浮気癖は困る。今話した私の恋人だって、おっとりして安らぐ女性だったけれど、行方をくらませたのは軽はずみだったし、もしかしたらその裏には男がいたのかもしれない。
そんなふうだから、女性を比較するのは難しいのです。さまざまな女性のよいところだけを集めた、文句のつけようのない女性などは存在しないのでしょう。こうなったらもう、お寺にある天女の像にでも恋をするしかありませんね。堅苦しい相手だけれど」
悲しいお話なのに最後は冗談をおっしゃる。皆様お笑いになった。