〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
愁の過去の話を聞かされた時から、そんなことだろうとは思っていた美夜は、特に驚きもしなかった。
しかし微かに生じた心の痛みは愁の人生を独占し続けた朋子への嫉妬? 女に人生を狂わされてきた愁への同情?
寝室の窓からは庭が見える。あの特徴的な細長い幹はサルスベリの木だ。
“桜の木の下には死体が埋まっている”──梶井基次郎の小説の一節が、木崎愁の声で再生された。
『神田? おい、どこ行くんだよ』
無言で寝室を飛び出した美夜を九条が追いかける。神奈川県警の職員達も困惑した様子で階段を駆け降りて、一階のリビングに入る二人の様子を窺っていた。
「庭のサルスベリの木の下に、骨が埋まってる」
『骨って誰の……』
「木崎愁の母親」
畳敷きのリビングに面した大きな窓からは葉のないサルスベリがよく見える。12年前、木崎愁はこの場所で初めて殺人を犯した。
人は産まれる時は皆、母親の血にまみれて産声をあげる。愁は生まれた時と同じように、母親の血にまみれながら木崎凛子を殺した。
それが彼なりの埋葬の意味だったのかもしれない。それとも殺人の隠蔽かもしれない。
愁は殺した母親の遺体をサルスベリの木の下に埋めた。あの昔話が事実ならここにはまだ、木崎凛子が眠っている。
九条と県警の刑事達がサルスベリの木の下を掘り返す。地面に差し込まれるスコップがサルスベリの根元の土を掻き出して、木の周囲はたちまち穴だらけになった。
九条の額にうっすら汗が滲む頃、共に土を掘り返していた刑事のスコップが地中の異物に接触した。その後は美夜も含めた全員が手を使って土を掘ると、人間の頭蓋骨や手と足の骨が次々と発見できた。
骨の主は木崎愁の母親、木崎凛子で間違いない。白日《はくじつ》の下に晒された愁の最初の殺人。
彼の母親の骨を前にしても、心に宿った感情は供養や哀悼ではない。どす黒く渦巻くこの感情は木崎凛子、夏木十蔵、夏木朋子、雨宮冬悟、明智紫音、明智信彦への怒りだ。
虎ノ門の夏木十蔵邸からは、雨宮冬悟の指紋がついた明智紫音の日記が見つかった。日記の記述からは自殺直前の紫音の精神状態が不安定であったことが窺えた。
夫、明智信彦からの性行為の強要も含めた暴力、夏木十蔵との不倫関係の苦悩、夏木十蔵に近しい人間を暗に名指しする者からの執拗な嫌がらせ。
紫音に嫌がらせをしていたのは木崎凛子だろう。我が身に襲いかかる悪意に耐えきれなくなった紫音は、幼い伶と舞を残して死を選んだ。
愁も伶も舞も、大人達の操り人形でもなければ玩具でもない。
木崎凛子が妊娠中の朋子や紫音に危害を加えなければ、夏木十蔵と紫音が不倫関係にならなければ、明智信彦が紫音と伶に真っ直ぐな愛情を抱いていれば……。
彼らの子ども達にはもっと違う未来が、違う道があったはずなのに。
しかし微かに生じた心の痛みは愁の人生を独占し続けた朋子への嫉妬? 女に人生を狂わされてきた愁への同情?
寝室の窓からは庭が見える。あの特徴的な細長い幹はサルスベリの木だ。
“桜の木の下には死体が埋まっている”──梶井基次郎の小説の一節が、木崎愁の声で再生された。
『神田? おい、どこ行くんだよ』
無言で寝室を飛び出した美夜を九条が追いかける。神奈川県警の職員達も困惑した様子で階段を駆け降りて、一階のリビングに入る二人の様子を窺っていた。
「庭のサルスベリの木の下に、骨が埋まってる」
『骨って誰の……』
「木崎愁の母親」
畳敷きのリビングに面した大きな窓からは葉のないサルスベリがよく見える。12年前、木崎愁はこの場所で初めて殺人を犯した。
人は産まれる時は皆、母親の血にまみれて産声をあげる。愁は生まれた時と同じように、母親の血にまみれながら木崎凛子を殺した。
それが彼なりの埋葬の意味だったのかもしれない。それとも殺人の隠蔽かもしれない。
愁は殺した母親の遺体をサルスベリの木の下に埋めた。あの昔話が事実ならここにはまだ、木崎凛子が眠っている。
九条と県警の刑事達がサルスベリの木の下を掘り返す。地面に差し込まれるスコップがサルスベリの根元の土を掻き出して、木の周囲はたちまち穴だらけになった。
九条の額にうっすら汗が滲む頃、共に土を掘り返していた刑事のスコップが地中の異物に接触した。その後は美夜も含めた全員が手を使って土を掘ると、人間の頭蓋骨や手と足の骨が次々と発見できた。
骨の主は木崎愁の母親、木崎凛子で間違いない。白日《はくじつ》の下に晒された愁の最初の殺人。
彼の母親の骨を前にしても、心に宿った感情は供養や哀悼ではない。どす黒く渦巻くこの感情は木崎凛子、夏木十蔵、夏木朋子、雨宮冬悟、明智紫音、明智信彦への怒りだ。
虎ノ門の夏木十蔵邸からは、雨宮冬悟の指紋がついた明智紫音の日記が見つかった。日記の記述からは自殺直前の紫音の精神状態が不安定であったことが窺えた。
夫、明智信彦からの性行為の強要も含めた暴力、夏木十蔵との不倫関係の苦悩、夏木十蔵に近しい人間を暗に名指しする者からの執拗な嫌がらせ。
紫音に嫌がらせをしていたのは木崎凛子だろう。我が身に襲いかかる悪意に耐えきれなくなった紫音は、幼い伶と舞を残して死を選んだ。
愁も伶も舞も、大人達の操り人形でもなければ玩具でもない。
木崎凛子が妊娠中の朋子や紫音に危害を加えなければ、夏木十蔵と紫音が不倫関係にならなければ、明智信彦が紫音と伶に真っ直ぐな愛情を抱いていれば……。
彼らの子ども達にはもっと違う未来が、違う道があったはずなのに。