距離感ゼロ 〜副社長と私の恋の攻防戦〜
照明を落とした店内にキャンドルの灯りが揺れ、ピアノの生演奏が心地良く響き渡る。

芹奈は美味しいワインを味わいながら、うっとりと音楽に耳を傾けた。

優しい微笑みを浮かべるその横顔に、翔は言葉もなく見惚れる。

……が。
「セリーナ、なんて美しいんだ。このまま二人でデートしないか?」

芹奈にささやくダグラスに、翔は思い切り冷たい視線を向けた。

「ダグラス、いい加減にしろ。そんなにしつこいと逆効果だぞ?日本女性は強引な男は嫌がるからな」
「だからってアプローチせずに、他の男に取られてもいいのか?綺麗な女性に綺麗だと言って、何が悪いんだ?」
「彼女の迷惑を考えろ。つき合ってる人がいたらどうする?」

自分でそう言っておきながら、翔はハッとした。

(そうだ、彼女には恋人がいるかもしれない。なぜ今まで考えもしなかった?)

それほど浮かれていたのだろうか。
芹奈と知り合ってまだ日は浅い。
そんな短期間に、こうものぼせ上がるとは。

翔はしょんぼりと肩を落とした。

(きっといるだろうな、恋人。村尾とはつき合ってないと言ってたけど、他にいるに違いない)

するとダグラスが芹奈に尋ねた。

「セリーナ、君にはもう恋人がいるのかい?」
「いいえ、残念ながら」

途端に翔は、ぱあーっと顔を輝かせる。
だがダグラスの方が1枚上手だった。

「じゃあ僕とつき合えばいいよ。シャイな日本人と違って、毎日君にアイラブユーとささやくから」

おいこら!と翔がまたしても咎めようとした時、芹奈が少し困ったように苦笑いした。

「私はシャイな人の方がいいです。毎日アイラブユーなんて言われたら、嘘でしょう?って思ってしまいます。そんなふうに言われるほどの女性ではないので」

えっ!と翔は、ダグラスよりも驚く。

(シャイな人がいい?アイラブユーって言ったらだめなのか?)

真顔で考え込む翔を尻目に、ダグラスは明るく笑った。

「セリーナ、君はもっと愛されるべきだよ。美しい君に美しいと言わないなんて、無理な話だ。好きな人には素直にアイラブユーと言いたくなる。君はそれにあまり慣れていないだけさ」
「そうでしょうか?確かにそんな言葉、言われたことはないですけど」
「そうだよ。好きな人に言われたら、嬉しいに決まってるよ」

そうなのかな?と、芹奈は少し首を傾げてワイングラスを揺らす。

(え、いいの?結局言ってもいいの?アイラブユーって)

翔は芹奈の憂いを帯びた表情に釘づけになりながら、心の中で疑問をぶつけていた。
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