『あなたを愛することはございません』と申し上げましたが、家族愛は不滅ですわ!

「分かりましたわ」

 彼女は、懐から金貨を一枚出した。

「奥様!?」

 そして少年の手をギュッと握って、金貨を手渡した。

「今日のところはこれで許してくださいな。わたくしたち貴族が、貧しい思いをしないような国を作るように努力しますわ」

「っ……!」

 少年は目を白黒させる。まさか本当に金を恵んで貰えるなんて思いも寄らなかった。
 この女にスリの真似事をしろ(・・・・・・・・・)と依頼されただけなのに……。

 目の前の貴族の手は温かくて、罪悪感が込み上げていく。
 少し戸惑ったあと、思い切って口を開いた。

「あ、あの! 実はオレは――」

「俺たちにも金くれよ、姉ちゃん」

 その時、少年の後ろから浮浪者のような集団がゾロゾロと現れた。

「姉ちゃん、金くれー」

「金くれよぉー」

「その身体でもいいぜ」

 十人近くの男が、キャロラインに向かってフラフラと近寄ってくる。彼らは眼前の女体に絡みつこうと両手を伸ばして、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。

「はわわわわ……」

 波のように押し寄せる大群に、キャロラインはたじろぐ。
 今更ながらに令嬢時代に「路上で貧民に金を与えるな」と言われてきたことを思い出して反省した。
 つい、聖子としての感覚で、同情心が湧き出てしまったのだ。

「お前たち、離れろっ!」

 護衛騎士たちが浮浪者を退けようとするが、向こうのほうが人数が上。
 しかも、なぜか屈強な肉体を持っている者も混じっていて、かなり苦戦していた。双子を警護していた騎士も、慌てて参戦する。

「……」
「……」

 その悪戦苦闘する様子を、ロレッタとレックスは唖然として眺めていた。初めて見る市井(しせい)の光景に驚きを隠せなかったのだ。

 継母(キャロライン)が来る前は、乳母(バーバラ)がよく「王都は危険な場所だから滅多なことでは行ってはならない」と目を吊り上げて言っていたっけ。
 こういうことだったのだと彼らは理解した。
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