『あなたを愛することはございません』と申し上げましたが、家族愛は不滅ですわ!
「わたくしは……あなたを……愛することは……ございませんわ……!」
キャロラインは、今度は蚊の鳴くような声で言った。わざとらしく両手を口元に持ってきて、お茶目にバチンとウインクまでして。
(この女……マジで面倒だな)
ハロルドは本能的にそう感じた。同時に、これまでにない不穏な感情が心に広がりはじめる。
この結婚は王命であり、政治的にもメリットがあるので受けた契約だ。
彼女が社交界の噂通りの令嬢なら、金だけ与えて仮面夫婦を貫けば良かった。
しかし、眼前にいる妻は悪女どころではない……ような。
とにかく、得体の知れない恐ろしい者の気配がしたのだ。
背筋に悪寒が走った。
自分の選択は間違っていたのだろうかと、ここに来て初めて不安に思った。
「旦那様〜! 聞いていますの!?」
妻の言葉ではっと我に返る。
(そうだ、今はこの女に今後のことを伝えなければ)
ハロルドは気持ちを切り替えるようにコホンと咳払いをして、
「いいか。私はお前を愛することはない」
「えぇ。先程おっしゃっていましたものね」
「分かっていて遮ったのか!?」
「先攻を取るのは基本ですわ!」
「では、私の言わんとすることは分かっているな」
「もちろんですわ!」
理解の早い妻に、ハロルドは満足そうに頷く。なんだ、面倒くさそうな女と思っていたが、意外に分かってるじゃないか。
「我々は契約結婚だ。当然、そこに愛はない。私はお前を愛することはないし、お前も私を愛することはない」
「そうですわね」
「だが我々は貴族だ。最低限の義務は果たす」
「了解ですわ〜!」
「よし、解散!」
「お行きなさいっ!」
――びしぃっ!
キャロラインは再び扇を使って入口の扉を指さした。