『あなたを愛することはございません』と申し上げましたが、家族愛は不滅ですわ!
「人は誰しも苦手なことがある」ハロルドは独り合点してうんうんと頷く。「だが、時には困難に立ち向かわない日も来るのだ」
ハロルドは今度の夜会でキャロラインの悪いイメージを少しでも払拭したいと考えていた。
未だに社交界には、フォレット侯爵令嬢の悪評が根強く蔓延っている。だが、それは全てデタラメなことを、彼はここ数ヶ月で知ってしまった。
たしかに彼女はうるさいし無鉄砲で空気の読めないところはあるが、世間で囁かれているような悪女ではない。むしろ、優しくて正義感の強い女性だ。
今度の夜会では、そんな素晴らしい女性……かもしれない妻のことを、少しでも周囲に知らしめたかった。
そこで、ダンスである。
これまでは「苦手だから」と人前で踊らなかった彼女。
それが豹変して華麗な動きを見ることができれば、彼女自身の中身も良い意味で変わったのだと周囲は感心するのではないだろうか。
きっと今後の彼女の評価にも繋がるはずである。
それにこんな些細なことで公爵夫人が批判を浴びるのは、彼としても我慢ならなかった。
貴族は一面だけで人となりを判断するきらいがある。ダンスなんかで妻の全てを否定されるのは、不愉快極まりなかったのだ。
「苦手なことを克服するのは困難を伴うかもしれない。だが、私もいる。共に頑張ろうじゃないか」
ハロルドは手を伸ばす。これから夜会という戦場で隣に立つ、頼もしい(?)戦友に向かって。
「……」
しかし、使命感に燃えているハロルドとは打って変わって、キャロラインは珍しくテンションが低かった。
「あのぅ、旦那様……。大変、申し上げにくいのですが……」
彼女は少し視線を泳がせたあと、おずおずと小さな口を開く。
「なんだ? 苦手なことを晒すのは、恥ずかしいことではない。遠慮せずに言ってみなさい」
「それがですねぇ……わたくし……」
「ん? どうした? 疑問があれば何でも聞いてくれ」
キャロラインはちょっとだけ戸惑う素振りを見せるが、意を決したように、すっと軽く息を吸った。
そして胸に手を当てて、
「わたくし! ダンスは! 大☆得☆意っ! ですの!!」
自信満々な超大声が、ダンスホール中に反響した。