『あなたを愛することはございません』と申し上げましたが、家族愛は不滅ですわ!
◇
「ハロルド・ハーバート公爵、並びにキャロライン夫人のご到着です」
その名前に、夜会の会場はしんと静まり返る。いよいよ、噂の二人の到着だ。
戦ばかりで血に塗れている公爵と、王太子の元婚約者の公爵夫人。
今夜はその二人が結婚してから初めて公の場に立つ。貴族たちは興味津々だ。
「さぁ、行こうか」
「え、えぇ……」
ハロルドがキャロラインの手を優しく取って、おもむろに宴の中へ入っていく。
(眩しいですわね……)
久し振りに参加するパーティーは、いつもよりキラキラと輝いて見えてどこか別の世界に迷い込んでしまった気がした。
本当は王宮の最高級のもてなしを堪能したいのに、今の彼女には余裕がなかった。
「来たわよ」
たちまち貴族たちのヒソヒソ話がはじまる。彼らの視線が、一気にハーバート夫妻に集まった。
「フォレット侯爵令嬢が、大人しく王太子殿下以外と婚姻するなんてねぇ」
「すぐに離婚すると思ってたのですが……」
「あの悪女を押し付けられて公爵も可哀想に」
「あら? でも意外にお似合いね、あの二人」
ざわざわと、さざ波のようにいろんな声が耳に入ってきた。
キャロラインも貴族なので、こういった囁きは慣れているのだが、今日だけは不安を掻き立てていく。
「珍しいな。まだ緊張しているのか?」
ふと気付くと、ハロルドが不思議そうにキャロラインの顔を覗き込んでいた。……駄目だ、直視できない。
「ま、まぁ……そう……ですわね」
曖昧に答える。でも本当は緊張ではなく、今夜でハロルドに見放される予感がしてひどく恐ろしかったのだ。
ハロルドは「やれやれ」とため息をついて、
「仕方ないな。これから一緒にムーンウォークでも踊るか?」
「えぇっ!? いいんですの!? っていうか、旦那様も踊れまして?」
キャロラインがぱちくりしていると、
――ぺちっ!
「ぎゃっ!」
「冗談だ」
ハロルドのデコピンが彼女を軽くつついた。
「いいか? 今日は絶対に変な踊りはするなよ」
「あれはれっきとしたダンスです! 変な踊りではありませんわ! 次の曲で乗り込みますわよ!」
キャロラインが意地になってダンスホールの中央へ向けてスタンバイの姿勢を取ると、
「少しは元気が出たようだな」
ハロルドはふっと笑ってみせた。
「あっ……」
彼女ははっと我に返って夫の顔を見る。
(わたくしのこと、励ましてくださったのね……)
心の中がもぞもぞして、こそばゆい感じだった。
「だが、ムーンウォークは駄目だ」
彼は、虎視眈々と変なダンスを狙って構える妻を、持ち上げるように自身の身体に引き寄せた。
「むぅー! 今宵のために特訓しましたのにぃー」
「私の目が黒いうちは絶対に踊らせないからな」