『あなたを愛することはございません』と申し上げましたが、家族愛は不滅ですわ!

 キャロラインは顔を伏せたまま動かない。マナーとして王族に低頭しているが、王太子の顔を見るのも吐き気がした。
 だが向こうから絡んでくるのだから、嵐が過ぎるのをひたすら待つしかない。

「まさか。素晴らしい妻ですよ。教養もありますし、貴族として申し分ない」

 ハロルドは爽やかに笑ってみせたあと、挑発するようにスティーヴンをじろりと見た。妻のことを悪し様に言われて、夫として黙って引き下がるわけにはいかない。

「そうか。公爵は意外と理想が低いのだな。ま、貴公は王族とは違うものな」

 王太子も負けじと言い返す。
 今日はなんとしてもキャロラインをこき下ろしたかった。

 あの時――元婚約者に婚約破棄を言い渡した日。
 当初の予定は、大勢の貴族の前でキャロラインに土下座をさせて、高いプライドをズタズタにしてやるつもりだった。
 侯爵令嬢が男爵令嬢に(こうべ)を垂れて許しを請うなんて、とても滑稽で惨めな姿だったに違いない。

 しかし、この女は想定外の行動を起こした。すんなり婚約破棄を受け入れたと思ったら、脱兎のごとく逃げやがったのだ。土下座のあとは難癖つけて牢屋にぶち込もうと思っていたのに。
 おまけに王族でも迂闊(うかつ)に手を出せないハーバート公爵と婚約しやがって。

 このままでは溜飲(りゅういん)が下がらない。王太子としての矜持(プライド)を傷付けられたのだ。
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