『あなたを愛することはございません』と申し上げましたが、家族愛は不滅ですわ!

「なぜ謝るんだ?」

 ハロルドは静かに言った。穏やかな声音で、そこに怒りの感情など一滴も混じっていないようだった。

 夫の意外な反応に、キャロラインは反射的に顔を上げる。
 今にも泣きそうな彼女の顔は普段の様子からは考えられなくて、ハロルドの胸が締め付けられた。

「わたくしは……」

 彼女は消えそうな声を絞り出す。

「令嬢時代のわたくしは王太子殿下が述べられた通りに、ピーチ男爵令嬢に嫌がらせをしていました……。なので……わたくしは……旦那様がおっしゃるような、立派な人間ではございません。むしろ、軽蔑されても仕方のない――」

「ストップ」

「むぐぅっ!」

 キャロラインの口の動きが止まる。ハロルドが彼女の唇の両端をむぎゅっと掴んで、お口にチャックをしたのだ。

 彼はふっと微笑んで、

「私は、今も君は貴族として立派に務めていると思っている」

「へ、へふびゃ(で、ですが)……」

「確かに、過去の君の行動は褒められたものではなかった。だが今の君は、その頃とは全然違うんじゃないか?」

 ハロルドの押さえていた手が離れる。まだ少し痺れる皮膚の感覚が、名残惜しそうにしていた。

「君は心から反省をして、自分自身を変えた。私は、前向きに頑張っている人間を応援したいと思っている」

「旦那様……」

 キャロラインの瞳に、じわじわと涙が浮かんできた。

「人は『今』の行動が大事なんだ。私は君のおかげで、今は子供たちと向き合うことができた。だから……」

 ハロルドの曇りのない眼差しが、キャロラインを見据えた。

「私は君を信じている、キャロライン」

「ふっ……ふっ……」

 ついに彼女の涙腺が崩壊した。

「ふえええぇぇぇぇぇぇぇえんっ!!」

 キャロラインは泣き崩れる。ずっと張り詰めていた糸が、緩やかに落ちた瞬間だった。

 ハロルドは優しく妻を抱きしめる。普段からぎゃあぎゃあとうるさい妻は、やっぱり泣き声もうるさかった。

「びええええぇぇぇぇぇぇええんっ!!」

 渡したハンカチもぐしゃぐしゃになって、涙と鼻水と(よだれ)で彼の礼服もみるみる濡れていく。
 こんな大惨事な様子の妻も、とても愛おしいと彼は思った。


 

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