それらすべてが愛になる
 清流と再会した日のことを思い出しながら、洸は手に持った本のページをめくる手を止めた。

 まただ。本の中の文字を追うと、全然知らない展開になっている。

 無意識にページだけをめくっていて、中身がまったく頭に入っていない。パラパラと数ページ戻ったところで、はぁ、と溜息を吐く。

 原因は分かっている。


 (……ったく、何であんな恰好してるんだあいつは、)


 さっき風呂上がりに現れた清流の姿を思い出す。

 半袖に太ももがほとんどあらわになったショートパンツ。まさかそんな恰好で出てくるとは思っていなかった洸は一瞬言葉を失った。

 『それ、寒くないのか?』

 『え?あ、部屋着ですか?寒いどころかここの部屋どこもあったかくて、それにお風呂上がりだからむしろ暑いくらいで』


 何かの間違いかと思ったもののそうではなかったらしい。
 それ以上指摘するのもまるでそういう目で見ているようで憚られて、無理矢理意識を逸らして手元の本に集中しようとする。

 が、ほとんど内容が入ってこなくて何度も行ったり来たりしていた。


 清流の風呂上がりは一度見ているし、ホテルでは押し倒したがそういう意図ではなかった。何なら一晩過ごしても、手を出す気にはならなかった。

 だから一緒に暮らしても自分が清流を意識することはないし、それこそ割り切った同居生活を送れると思っていたのだが。


 グラスを持ってやってきた清流から漂うシャンプーの香り。

 自分のものとは違う、というだけでひどく印象に残って、一瞬過剰に反応してしまったような気がする。

 刹那の動揺を気取られないよう努めながら平静を装った自分を思い出して、洸は手で顔を覆った。


 これが、洸にとってのもう一つの誤算。


 (疲れてんだな、俺も)


 ―――もう寝よう。

 清流ほどではないにしろ、洸自身も普段行わない手続きをして、暮らす環境も変わったのだ。自分が思っているよりも疲れているのかもしれない。

 洸はおかしな思考を追いやるように頭を振ると、本を閉じてグラスの中身を一気に飲み干す。

 二人分のグラスを洗い終えると、洸もまた自室へと戻っていった。


< 67 / 259 >

この作品をシェア

pagetop