覆面女子とヤンキー王子 ~今度のキスは、止めらんねぇからな!~
第一話
(ヤバいヤバい。遅刻だ!)
私はお気に入りのスカートを揺らしながら、学校に急ぐ。
(今日ヤッちゃったら五日連続じゃん! さすがにマズイって!)
急いでる時に限ってどうして信号ってイジワルなんだろう。
ちょうど赤に変わってしまうのだった。
(もう! 最悪!)
パンパンに膨らんだカバンを背負い直し、スマートホンの画面に視線を落とす。
午前八時四十三分。
(ダッシュすればまだ朝のホームルームにはギリ間に合うよね。うん、きっとセーフだし)
待ち時間を利用して、スマートホンに映る自分の顔をチェック。
化粧崩れなし!
ピンク色のマッシュルームカットは今日も可愛い!
私服も良き!
相変わらず私はイケてる!
そうこうしているうちに、車道側の信号が黄色になる。
私は体を前かがみにして、スカートをたくし上げた。
(さあ、行くよ!)
スタートの合図である信号が青に変わろうかというその時だった。
「離してください……」
声がした方を見ると、セーラー服を着た女子中学生が丸刈り頭のブレザーを着た男子高校生に腕を掴まれて、どこかに連れ去られようとしている。
どう見てもカップル同士といった雰囲気ではない。
周りの大人たちはチラリと視線を向けるだけで、さっさと信号を渡って行ってしまう。
「やめてくさい……」
女子中学生は路地の方へと連れて行かれてしまう。
私はポケットに手を突っ込み、中にある『ソレ』を握りしめた。
《この淫乱女!》
《サイテー!》
《近寄んないでよ!》
脳裏に昔の嫌な思い出が過る。
同時に動悸がして、額には汗がにじみ、自然と呼吸が早くなる。
息苦しい……。
前方に視線を向けると、信号は点滅していた。
今走れば、道路を渡れるはずだし、学校にもきっと間に合うのだろう。
(見なかったことにしよ)
ポケットに突っ込んでいた手を出すと、私は気を取り直して横断歩道に向かって走り出す。
(人助けするヤツなんて大馬鹿だ!)
◇ ◇ ◇ ◇
「やめてください……お、大きな声出しますよ……」
「いいけど、この制服を見て助けに来るバカはいないと思うけど」
女子中学生は哀れにも壁際に追い込まれている。男子高校生の方は、女子中学生が怯えている様子を見て楽しんでいるようだ。
「ねえ、オレと付き合ってよ」
「い、嫌です……遅刻しちゃうんで、どいてください」
「いいじゃんか。優しくして──イデッ!」
振り返った丸刈りは、「誰だ! オレのケツを蹴ったのは──!?」と、そこまで言って言葉に詰まる。そして私を見て目をひん剥くと、少し後ずさるのだった。
慄くがいい。
何せ私は今、女子プロレスラー団体『WJP』の覆面レスラー、『ニャングスター』なのだから!
「てめえ、珍妙なマスクを被りやがって! 一体どこのどいつだ!」
丸刈りが手を伸ばしてきたので、腕を取りひねり上げてやった。
「アダダダダダ!」
「覆面レスラーのマスクに手をかけるなんて、この不届き者め!」
私はそのまま丸刈りを脇に追いやると、怯える女子中学生のところへ行く。
女子中学生は覆面姿の私を見て口をポカンと開けたままになっている。
「あんたって大きな声が出せないの?」
「え?」
女子中学生は目を白黒させた。
何せ怖い思いをしてただでさえショックを受けているところなのだ。
それなのにピンク色の猫の覆面を被った怪しげな女子が現れ、「大丈夫?」とか「怖かったよね?」とか優しい言葉をかけられることもなく、いきなり責め立てられたわけだ。
ある意味では、女子中学生は気の毒というほかない。
が、こっちだってノーリスクでこの場に飛び込んだわけじゃない。だから言いたいことは言わせてもう。
「あのね。か細い声で『やめてください』って言ってやめてくれた?」
私は女子中学生に顔を近づける。
「やめた!?」
ブルブルと顔を振る。
大きな目からは涙が溢れ出しそうだ。
「だよね!? だったらなんでもっと泣いて叫んで暴れないわけ!? 手足を押さえつけられてたわけじゃないよね!? 大声を出そうと思えばできたよね!?」
女子中学生の肩にそっと手を置く。
「いい? 世の中はね、あなたが思ってるよりバカばっかりだから」
私は背後を見ずに指をさす。そこには肩を押さえる丸刈りがいたはずだ。
「こういうバカってね。『察する』とか『後先考える』とかできないから。だから本当に嫌だと思ったら、全力で抵抗しなきゃダメ! でないと嫌な思いをするのは自分なんだよ!?」
わかった? と問いかけると、女子中学生は小さくうなずいた。
それを見た私は大きなため息をつく。
「それからこれも覚えておいて。この世の中、クソ野郎ばっかだけど、そんなの吹っ飛ばすくらいの出会いがあるから。きっとあるから。で、今日のこの日のことが笑い話になる日がきっと来るから──じゃ、行っていいよ」
女子中学生は少し戸惑っていたようだが、私が「シッシッ!」と追い払うと、頭を下げ走って行く。
「まったく、世話が焼ける……」
「おい!」
丸刈りが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、私にひねり上げられた腕をぐるぐると回しているのだった。
「何勝手なことしてんだよ。このクソ猫仮面が!」
「『ニャングスター』ね。それから中学生相手にイキッてじゃないわよ。キモッいって。笑えないっつうの」
「お前ねえ」
丸刈りは呆れたように笑みを浮かべる。
「誰だか知らねえけど、こんなことしていいのか?」
「こっちのセリフだから。警察呼ばれなかっただけで感謝しなさいよ」
「オレが誰なのか知ってて言ってるわけ? チ〇コ頭の姉ちゃ──」
思い切り股間を蹴り上げてやった。
丸刈りは目をひん剥きながら体をくの字に折り曲げる。股の間を押さえて膝をつくと、獣のようなうなり声を上げた。
「て、てめえ……花瑞の、学園の……や、山田市太郎だと知ってんのか……」
「知るかよ、バーカ!」
私は腰に手を当て見下ろす。
「今度中学生相手にバカやってたら、こんなモンじゃすまないから」
私は背を向ける。
「じゃ、ごゆっくりのたまっててね──ん?」
足元に紺色の手帳が落ちているのだ。
(これって──)
拾い上げて中を見ると、さっきの女子中学生の生徒手帳だった。
(この近くの中学じゃん)
スマートホンを見る。
(ヤベッ!)
生徒手帳を胸ポケットに入れ走り出す。
(放課後に届けてあげればいいよね)
私が立ち去った背後では、丸刈りがようやくヨロヨロと立ち上がる。
「クソ女が……」
「おいおい、ケンカか!?」
「あのブレザー。花瑞学園のヤツじゃね!?」
「てことは、相手は宙皇館!?」
「んだよ、またあのバカたちがモメてんのかよ。宙皇館って今年から共学になって大人しくなったって聞いたのに」
苦痛に表情を歪めていた丸刈りだったが、野次馬たちが噂しているのを聞き、やがて意味ありげに頬を持ち上げる。あえて表現するのなら、『何か良からぬこと思い付いた者の笑み』といったところか。
だが、もちろんこの時の私には、そんなことなど知る由もなかった。
まさか私のせいで、宙皇館高校と花瑞学園を巻き込む大事件に発展してしまうなんて……。
私はお気に入りのスカートを揺らしながら、学校に急ぐ。
(今日ヤッちゃったら五日連続じゃん! さすがにマズイって!)
急いでる時に限ってどうして信号ってイジワルなんだろう。
ちょうど赤に変わってしまうのだった。
(もう! 最悪!)
パンパンに膨らんだカバンを背負い直し、スマートホンの画面に視線を落とす。
午前八時四十三分。
(ダッシュすればまだ朝のホームルームにはギリ間に合うよね。うん、きっとセーフだし)
待ち時間を利用して、スマートホンに映る自分の顔をチェック。
化粧崩れなし!
ピンク色のマッシュルームカットは今日も可愛い!
私服も良き!
相変わらず私はイケてる!
そうこうしているうちに、車道側の信号が黄色になる。
私は体を前かがみにして、スカートをたくし上げた。
(さあ、行くよ!)
スタートの合図である信号が青に変わろうかというその時だった。
「離してください……」
声がした方を見ると、セーラー服を着た女子中学生が丸刈り頭のブレザーを着た男子高校生に腕を掴まれて、どこかに連れ去られようとしている。
どう見てもカップル同士といった雰囲気ではない。
周りの大人たちはチラリと視線を向けるだけで、さっさと信号を渡って行ってしまう。
「やめてくさい……」
女子中学生は路地の方へと連れて行かれてしまう。
私はポケットに手を突っ込み、中にある『ソレ』を握りしめた。
《この淫乱女!》
《サイテー!》
《近寄んないでよ!》
脳裏に昔の嫌な思い出が過る。
同時に動悸がして、額には汗がにじみ、自然と呼吸が早くなる。
息苦しい……。
前方に視線を向けると、信号は点滅していた。
今走れば、道路を渡れるはずだし、学校にもきっと間に合うのだろう。
(見なかったことにしよ)
ポケットに突っ込んでいた手を出すと、私は気を取り直して横断歩道に向かって走り出す。
(人助けするヤツなんて大馬鹿だ!)
◇ ◇ ◇ ◇
「やめてください……お、大きな声出しますよ……」
「いいけど、この制服を見て助けに来るバカはいないと思うけど」
女子中学生は哀れにも壁際に追い込まれている。男子高校生の方は、女子中学生が怯えている様子を見て楽しんでいるようだ。
「ねえ、オレと付き合ってよ」
「い、嫌です……遅刻しちゃうんで、どいてください」
「いいじゃんか。優しくして──イデッ!」
振り返った丸刈りは、「誰だ! オレのケツを蹴ったのは──!?」と、そこまで言って言葉に詰まる。そして私を見て目をひん剥くと、少し後ずさるのだった。
慄くがいい。
何せ私は今、女子プロレスラー団体『WJP』の覆面レスラー、『ニャングスター』なのだから!
「てめえ、珍妙なマスクを被りやがって! 一体どこのどいつだ!」
丸刈りが手を伸ばしてきたので、腕を取りひねり上げてやった。
「アダダダダダ!」
「覆面レスラーのマスクに手をかけるなんて、この不届き者め!」
私はそのまま丸刈りを脇に追いやると、怯える女子中学生のところへ行く。
女子中学生は覆面姿の私を見て口をポカンと開けたままになっている。
「あんたって大きな声が出せないの?」
「え?」
女子中学生は目を白黒させた。
何せ怖い思いをしてただでさえショックを受けているところなのだ。
それなのにピンク色の猫の覆面を被った怪しげな女子が現れ、「大丈夫?」とか「怖かったよね?」とか優しい言葉をかけられることもなく、いきなり責め立てられたわけだ。
ある意味では、女子中学生は気の毒というほかない。
が、こっちだってノーリスクでこの場に飛び込んだわけじゃない。だから言いたいことは言わせてもう。
「あのね。か細い声で『やめてください』って言ってやめてくれた?」
私は女子中学生に顔を近づける。
「やめた!?」
ブルブルと顔を振る。
大きな目からは涙が溢れ出しそうだ。
「だよね!? だったらなんでもっと泣いて叫んで暴れないわけ!? 手足を押さえつけられてたわけじゃないよね!? 大声を出そうと思えばできたよね!?」
女子中学生の肩にそっと手を置く。
「いい? 世の中はね、あなたが思ってるよりバカばっかりだから」
私は背後を見ずに指をさす。そこには肩を押さえる丸刈りがいたはずだ。
「こういうバカってね。『察する』とか『後先考える』とかできないから。だから本当に嫌だと思ったら、全力で抵抗しなきゃダメ! でないと嫌な思いをするのは自分なんだよ!?」
わかった? と問いかけると、女子中学生は小さくうなずいた。
それを見た私は大きなため息をつく。
「それからこれも覚えておいて。この世の中、クソ野郎ばっかだけど、そんなの吹っ飛ばすくらいの出会いがあるから。きっとあるから。で、今日のこの日のことが笑い話になる日がきっと来るから──じゃ、行っていいよ」
女子中学生は少し戸惑っていたようだが、私が「シッシッ!」と追い払うと、頭を下げ走って行く。
「まったく、世話が焼ける……」
「おい!」
丸刈りが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、私にひねり上げられた腕をぐるぐると回しているのだった。
「何勝手なことしてんだよ。このクソ猫仮面が!」
「『ニャングスター』ね。それから中学生相手にイキッてじゃないわよ。キモッいって。笑えないっつうの」
「お前ねえ」
丸刈りは呆れたように笑みを浮かべる。
「誰だか知らねえけど、こんなことしていいのか?」
「こっちのセリフだから。警察呼ばれなかっただけで感謝しなさいよ」
「オレが誰なのか知ってて言ってるわけ? チ〇コ頭の姉ちゃ──」
思い切り股間を蹴り上げてやった。
丸刈りは目をひん剥きながら体をくの字に折り曲げる。股の間を押さえて膝をつくと、獣のようなうなり声を上げた。
「て、てめえ……花瑞の、学園の……や、山田市太郎だと知ってんのか……」
「知るかよ、バーカ!」
私は腰に手を当て見下ろす。
「今度中学生相手にバカやってたら、こんなモンじゃすまないから」
私は背を向ける。
「じゃ、ごゆっくりのたまっててね──ん?」
足元に紺色の手帳が落ちているのだ。
(これって──)
拾い上げて中を見ると、さっきの女子中学生の生徒手帳だった。
(この近くの中学じゃん)
スマートホンを見る。
(ヤベッ!)
生徒手帳を胸ポケットに入れ走り出す。
(放課後に届けてあげればいいよね)
私が立ち去った背後では、丸刈りがようやくヨロヨロと立ち上がる。
「クソ女が……」
「おいおい、ケンカか!?」
「あのブレザー。花瑞学園のヤツじゃね!?」
「てことは、相手は宙皇館!?」
「んだよ、またあのバカたちがモメてんのかよ。宙皇館って今年から共学になって大人しくなったって聞いたのに」
苦痛に表情を歪めていた丸刈りだったが、野次馬たちが噂しているのを聞き、やがて意味ありげに頬を持ち上げる。あえて表現するのなら、『何か良からぬこと思い付いた者の笑み』といったところか。
だが、もちろんこの時の私には、そんなことなど知る由もなかった。
まさか私のせいで、宙皇館高校と花瑞学園を巻き込む大事件に発展してしまうなんて……。