ハイスペ上司の好きなひと
紫は気持ちを落ち着けようと深呼吸をし、できるだけ穏やかな口調でもう一度説明をする。
「覚えられないならメモ取ろうね」
「はあい」
返事だけは素直だが、行動には反映されずメモを取る気配はない。
これは前途多難だ…と頭痛を覚えていると、ふと間に影がかかった。
「古賀、今いいか」
「飛鳥主任…」
見上げれば飛鳥が側に立っていて、何かを頼みたそうな雰囲気を醸し出していた。
「忙しい時に悪い。このファイルのデータ化を頼みたいんだが」
「ああ、はい。大丈夫です」
飛鳥に差し出されたファイルを受け取ろうと手を伸ばすと、隣にいた七瀬が勢いよく割って入ってきた。
「飛鳥主任〜!それ、私にさせてください!」
「え、」
そう声を上げたのはどちらだったか、珍しく意欲的な態度を見せる七瀬に紫は「またか」と内心で毒づいた。
七瀬を厄介だと言うのにはもう一つ理由がある。
彼女は飛鳥が絡む時だけ仕事にやる気を見せるのだ。
仮配属初日に部長に連れられ挨拶に回ってきた時、七瀬が飛鳥に一目惚れをしたのには全員が気付いていた。
それだけ彼女の態度は分かり易い。
マンガでよくある表現を借りるならば、目がハート型になるし声のトーンもいくらか上がる。
ここまであからさまな態度も今どき珍しい。
そんな彼女の態度に本人が気付かない訳がなく、飛鳥は困った表情を隠しもせずに言った。