夏の序曲
第14話 文化祭前日
文化祭直前の午後、ブラスバンド部の練習は緊張感に包まれていた。
整列した部員たちの前で、指揮棒を握る田嶋一樹は、鋭い眼差しを浮かべていた。
「次は『アパラチアン序曲』だ。この曲が聴く人に何を伝えようとしているのか、よく考えながら演奏してみなさい。」
田嶋の声には普段の淡々とした調子とは違い、どこか熱が込められていた。
学校行事では田嶋が指揮を執るのが恒例だ。文化祭やコンクールの場で、ブラスバンド部がしっかり成果を出すことは、顧問としての彼の責務でもある。普段は練習に顔を出すことが少ない田嶋だが、このときばかりは妥協しない指導で部員たちを引き締める。
部員たちはその声に背筋を伸ばし、緊張した面持ちで楽器を構える。
指揮棒が振り下ろされ、トランペットのファンファーレが高らかに響く。続くホルンとユーフォニアムの旋律が力強く主題を描き、木管セクションへと流れるように受け継がれていく。しかし、演奏の途中で田嶋が手を振り下ろして演奏を止めた。
「ホルン、君たちの旋律はこの曲全体の骨格だ。自信を持って吹きなさい。音が弱いと曲が崩れる。」
鋭い言葉が飛び出したが、その声には期待の色が滲んでいた。ホルンパートの部員たちは目を合わせ、再び楽器を構えた。
演奏が再開されると、田嶋は一つ一つのフレーズに耳を傾け、指揮棒を細かく振りながら全体を修正していく。その姿を見つめながら、木村遥は心の中で驚いていた。
(先生、こんなに真剣に向き合ってくれるんだ…。いつもの冷たい態度とはまるで別人みたい。)
繊細なフルートのソロが響く場面になると、田嶋は一歩前に進み、宮原結衣に声をかけた。
「宮原、ここは君の音が曲全体の雰囲気を左右する。単に美しく吹くのではなく、日が落ち始めた山脈を思わせるような、雄大さと切なさを兼ね備えた音色を出してみなさい。」
部員たちは息を呑む。田嶋がこれほど感覚的な指示を出すのは珍しかった。音大を目指す宮原にはそれが可能だと見込んでの注文だった。
宮原は一瞬考え込むように目を伏せたが、すぐに頷き、フルートを構え直した。そして深く息を吸い込むと、細やかな気持ちを込めた音色を紡ぎ出した。柔らかく、それでいて凛とした響きが部室全体に広がる。まるで遠い山々を渡る風が音楽となって流れているかのようだった。
「それでいい。今の感覚を忘れないように。」
木村遥はそんな田嶋の様子を見つめながら、胸の中でつぶやいた。
(先生は、ちゃんと私たちを見てくれている。そして期待してくれている…。)
練習が進むにつれ、部員たちの音は少しずつまとまりを見せ始めた。何度も演奏を繰り返し、止めては修正し、再び挑む。そのたびに田嶋は的確な指示を送り、音楽が形作られていく。
やがて練習が終わると、田嶋は指揮棒を置いて静かに言った。
「今日はここまでにする。いい演奏を聞かせてもらった。ただし、満足するにはまだ早い。仕上げるにはもっと時間が必要だ。」
その言葉に、部員たちは疲れながらもどこか誇らしげな表情を浮かべた。
田嶋がホールを後にするとき、木村はその背中をじっと見つめていた。
整列した部員たちの前で、指揮棒を握る田嶋一樹は、鋭い眼差しを浮かべていた。
「次は『アパラチアン序曲』だ。この曲が聴く人に何を伝えようとしているのか、よく考えながら演奏してみなさい。」
田嶋の声には普段の淡々とした調子とは違い、どこか熱が込められていた。
学校行事では田嶋が指揮を執るのが恒例だ。文化祭やコンクールの場で、ブラスバンド部がしっかり成果を出すことは、顧問としての彼の責務でもある。普段は練習に顔を出すことが少ない田嶋だが、このときばかりは妥協しない指導で部員たちを引き締める。
部員たちはその声に背筋を伸ばし、緊張した面持ちで楽器を構える。
指揮棒が振り下ろされ、トランペットのファンファーレが高らかに響く。続くホルンとユーフォニアムの旋律が力強く主題を描き、木管セクションへと流れるように受け継がれていく。しかし、演奏の途中で田嶋が手を振り下ろして演奏を止めた。
「ホルン、君たちの旋律はこの曲全体の骨格だ。自信を持って吹きなさい。音が弱いと曲が崩れる。」
鋭い言葉が飛び出したが、その声には期待の色が滲んでいた。ホルンパートの部員たちは目を合わせ、再び楽器を構えた。
演奏が再開されると、田嶋は一つ一つのフレーズに耳を傾け、指揮棒を細かく振りながら全体を修正していく。その姿を見つめながら、木村遥は心の中で驚いていた。
(先生、こんなに真剣に向き合ってくれるんだ…。いつもの冷たい態度とはまるで別人みたい。)
繊細なフルートのソロが響く場面になると、田嶋は一歩前に進み、宮原結衣に声をかけた。
「宮原、ここは君の音が曲全体の雰囲気を左右する。単に美しく吹くのではなく、日が落ち始めた山脈を思わせるような、雄大さと切なさを兼ね備えた音色を出してみなさい。」
部員たちは息を呑む。田嶋がこれほど感覚的な指示を出すのは珍しかった。音大を目指す宮原にはそれが可能だと見込んでの注文だった。
宮原は一瞬考え込むように目を伏せたが、すぐに頷き、フルートを構え直した。そして深く息を吸い込むと、細やかな気持ちを込めた音色を紡ぎ出した。柔らかく、それでいて凛とした響きが部室全体に広がる。まるで遠い山々を渡る風が音楽となって流れているかのようだった。
「それでいい。今の感覚を忘れないように。」
木村遥はそんな田嶋の様子を見つめながら、胸の中でつぶやいた。
(先生は、ちゃんと私たちを見てくれている。そして期待してくれている…。)
練習が進むにつれ、部員たちの音は少しずつまとまりを見せ始めた。何度も演奏を繰り返し、止めては修正し、再び挑む。そのたびに田嶋は的確な指示を送り、音楽が形作られていく。
やがて練習が終わると、田嶋は指揮棒を置いて静かに言った。
「今日はここまでにする。いい演奏を聞かせてもらった。ただし、満足するにはまだ早い。仕上げるにはもっと時間が必要だ。」
その言葉に、部員たちは疲れながらもどこか誇らしげな表情を浮かべた。
田嶋がホールを後にするとき、木村はその背中をじっと見つめていた。