夏の序曲

第13話 部長の悩み

コンクールに向けた練習が始まり、2週間ほどが経った頃だった。
この日も部員たちは小ホールでの全体練習を終え、それぞれ譜面や楽器を片付けていた。部室に戻る流れになりかけたところで、木村遥が悠斗と錬を呼び止めた。

「二人とも、ちょっといい?」
その声はいつもの明るさが少し影を潜めていて、悠斗は思わず足を止めた。
「どうしたんですか、部長?」錬が軽く首を傾げる。
「…いや、少し話を聞いてほしいの。」
 三人は小ホールの隅に腰を下ろした。木村は一息つくと、視線を譜面台の方向に向けた。 「コンクールの練習、思ったより順調に進んでるように見えるでしょ?」
「まあ、悪くはないと思いますけど。」悠斗が答えると、錬も頷く。
「確かに、各パートの形はできてきてる感じですね。」  
木村は小さく頷きながらも、眉間に少ししわを寄せた。
「でもね…正直、私の中で不安があるの。みんなが私を信頼してくれているのは感じてるけど、正確さだけを求める練習になっちゃってる気がして。」
「正確さ?」錬が繰り返すと、木村は頷いた。
「音程やリズムを揃えるのは当然大事。でも、コンクールで評価されるのは、それだけじゃないでしょ?表現力とか、曲に込める感情とか…。それをどう部員たちに伝えて、全体で共有していくかが難しいのよ。」
その言葉に、悠斗は少し考え込んだ。
「たしかに…。特に曲の解釈とか、細かいニュアンスを合わせるのは難しいですよね。」
「それに、私には専門的な指導のバックグラウンドがないから、どうしても説得力が足りないって思っちゃうの。」木村が続ける。

錬は腕を組んで少し考えた後、口を開いた。
「だったら、部員全体で譜面の解釈を話し合う時間を作るのはどうですか?自分たちで納得した解釈なら、それに向けてみんなで動けると思いますし。」
「それはいいかもな。」悠斗も頷く。
「でも、もう少し外部の視点がほしいですよね。高橋先輩とか、OBにアドバイスをお願いするのは?」
木村はその意見に少し目を見開いた。
「高橋先輩…!」
「はい。音楽的な解釈や表現について助言してもらうと、練習に厚みが出ると思います。」
悠斗が言葉を添える。
「そうですね。私ができない部分を補ってもらえるのは心強いかも。」
木村は少し安心したように笑みを浮かべた。
「ありがとう。二人のおかげで、少し気持ちが軽くなったわ。じゃあ、さっそく考えてみる。」  彼女が立ち上がり、譜面を手に取ると、悠斗と錬も続いた。

悠斗は心の中で呟いた。
(自分たちだけでなんとかしようとしていたけど、部長もプレッシャーを抱えてたんだな…。ここからが本番だ。)
三人は静かな小ホールを後にして、部室へと戻っていった。
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