夏の序曲
第16話 後夜祭
トランペットの高音が部室に響き渡る。悠斗は楽器を置き、汗を拭いながら息を整えた。隣では錬がスライドを動かしながら、トロンボーンのフレーズを確認している。
窓の外から軽音部の演奏が微かに聞こえてくる。校庭では後夜祭が始まり、盛り上がりの気配が部室まで届いていた。
「おい、錬。そろそろ切り上げようぜ。」
悠斗が声をかけると、錬はスライドを滑らせたまま答える。
「いや、もう少しやる。自由曲のここ、まだ完璧にできてないしな。」
「文化祭の後夜祭だぞ。今年が最後なんだから、顔を出してもいいだろ?」
悠斗は半ば強引に言ったが、錬は表情を変えず淡々と返した。
「後夜祭なんてどうでもいいだろ。練習の方が大事だ。」
悠斗は内心で頭を抱えた。計画を進めるにはどうしても錬を校庭に連れ出さなければならないが、相変わらず練習熱心な錬を説得するのは至難の業だった。
「お前、真面目すぎるんだよ。でもさ、文化祭ってさ、後夜祭までがセットだろ?俺たち3年だぞ。今年が最後なんだぜ。」
悠斗は努めて軽い調子を装いながら言った。
しかし、錬はスライドを拭きながら首を横に振る。
「最後だからこそ、やるべきことをやっておきたいだろ。コンクールも近いし、こんな時こそ時間を無駄にできない。」
悠斗はわざと大げさにため息をつき、肩をすくめた。
「確かに練習は大事だけどさ、ずっと部室にこもってたら体がなまるだろ。リフレッシュも必要だって。校庭の軽音部の演奏、意外とノリがいいぞ?」
錬は軽く眉をひそめ、思案するように視線を落とした。
「お前、意外と説得うまいな。」
「でしょ?これもコンクールのためだと思えばいいんだって。」
悠斗は冗談交じりに言いながら錬をちらりと見た。錬はしばらく考えていたが、やがてスライドをケースに収め、立ち上がった。
「…まあ、たまには息抜きも必要かもな。」
「やった!」悠斗は内心でガッツポーズをしつつ、軽い口調で続けた。
「じゃあ、軽音の演奏でも見に行こうぜ。」
二人は部室を出た。廊下には遠くから聞こえる音楽と、校庭の楽しげなざわめきが響いていた。悠斗は錬の背中を見つめながら、心の中でそっと安堵の息を吐いた。
(よし、なんとか連れ出せた…。ここから計画を進めるぞ。)
校庭に出ると、ライトアップされたステージが視界に飛び込んできた。軽音部のバンドが演奏しており、周りには大勢の生徒たちが集まって体を揺らしている。曲に合わせて手拍子をする生徒や、一緒に歌詞を口ずさむ姿があちこちで見受けられた。
「結構盛り上がってるな。」
錬が少し驚いたように言うと、悠斗は軽く笑って肩をすくめた。
「ほらな、来て正解だろ?」
錬は返事をせず、視線をステージに向けたままスライドを動かす仕草をする。
悠斗はそんな錬を横目で見ながら、校庭の端にある朝礼台の横へと自然に歩を進めた。そこは紗彩たちとの打ち合わせで指定された待ち合わせ場所だった。
「ここから見るとステージもよく見えるし、いい感じじゃないか?」
悠斗が立ち止まり、錬に話しかける。錬は軽く頷きながらポケットに手を入れ、軽音部の演奏に耳を傾け始めた。
(よし、ここまではうまくいった…。あとは紗彩たちが来るのを待つだけだ。)
悠斗は心の中でそう呟きつつ、目の前の光景を装うように見つめた。だが、内心は焦りと緊張でいっぱいだった。
(錬は何も気づいてないだろうけど、あんまり長くここにいると怪しまれるかもしれないな…。早く来てくれよ、紗彩。)
錬がふと視線を動かし、悠斗に声をかけた。
「なあ、朝礼台の横なんて、随分と地味な場所選んだな。もっと前の方に行けばいいのに。」
悠斗は一瞬言葉に詰まったが、すぐに笑顔を作って返した。
「いや、こっちの方が落ち着いて音楽を聴けるだろ?それに、人混みはあんまり得意じゃないしさ。」
錬は怪訝そうに眉をひそめたが、それ以上追及はしなかった。
ステージでは次の曲に移り、テンポの速いリズムが校庭に響き渡る。悠斗は錬がノリのいい曲に反応して体を揺らすのを横目で確認しながら、視線を校庭の入り口の方に送った。
遠くから紗彩と美玖の姿が見える。紗彩がこちらに気づき、手を振るのを見て、悠斗は微かにほっとした表情を浮かべた。
(来た…。よし、あとは紗彩に任せるだけだ。)
「なーんだ、悠斗たちもいたんだね!」
紗彩が明るく笑顔で声をかけると、錬が不思議そうに首を傾げた。
「お前らも後夜祭に来てたのか?」
「もちろん!」紗彩が元気よく答え、美玖にも目を向ける。
「美玖とぶらっと見に来たの。そしたら、偶然見つけちゃった!」
錬は少し怪訝そうな顔をしながらも、「そうか。」と短く返事をした。その表情には、どこか引っかかるものを感じた様子があったが、それ以上は何も言わなかった。
紗彩はその微妙な空気をすぐに察し、自然に会話を広げた。
「錬くん、後夜祭楽しんでる?」
「いや、悠斗に引っ張られて来たばっかりだ。」
錬が淡々と答えると、紗彩は「へえ、悠斗らしいね。」と軽く笑いながら、美玖に視線を送った。
「そういえば、美玖、コンサートの後に錬くんの演奏すごく良かったって話してたよね?」
「えっ…!」
突然話を振られた美玖は驚きながらも、錬を見てぎこちなく微笑んだ。
「あ、あの…本当に素敵でした。ありがとうございました…。」
声が少し震えていたが、美玖の気持ちは錬にも十分伝わったようだった。
錬は少し照れくさそうに眉を上げ、短く「ありがとう。」と答える。その言葉に美玖はさらに顔を赤らめたが、それでもどこか嬉しそうだった。
紗彩はその様子を見て、すかさず話題を変えた。
「軽音部、けっこういい感じだよね。この後のバンドも聞いてみたいな。」
「そうだな。」錬が軽く同意すると、紗彩はさらに巧みに会話を広げ、美玖と錬が自然に言葉を交わせるように仕向けた。
美玖は緊張しながらも少しずつ錬との会話に慣れ、笑顔を浮かべる場面も増えてきた。錬も最初の警戒心を解き、時折冗談を交えるようになる。
一方で、悠斗はそのやり取りを見守りながら内心でほっとしていた。
(さすが紗彩だな…話を振るタイミングとか絶妙すぎる。俺には真似できないよ。)
計画が順調に進んでいることに安堵しながらも、悠斗は紗彩の見事な手腕に改めて感心していた。
ステージから軽快なロックンロールのナンバーが流れ始めた。
「フォークダンスのスタートです!みんな楽しんでいこう!」
明るいアナウンスが響くと、校庭のあちこちでペアを組んだ生徒たちが思い思いに踊り始めた。
その様子を見て、美玖が首をかしげる。
「これが…フォークダンス?」
ペアたちが自由に動き回るのを見つめ、不思議そうな表情を浮かべる。
紗彩がくすりと笑って説明を始めた。
「美玖、昔はね、キャンプファイヤーの周りで輪になって踊る、ちゃんとしたフォークダンスだったのよ。手を繋いだりステップを踏んだりして。」
「えっ、そんな本格的なフォークダンスだったの?」美玖が驚いて聞き返す。
悠斗が横から口を挟む。
「でも、火を使うのは危ないってことでキャンプファイヤーがなくなって、代わりに今みたいなライトアップされたステージとバンド演奏になったんだ。だけど、名前だけは『フォークダンス』が残ってるってわけ。」
「なるほど…だからみんなこんなふうに自由に踊ってるんだね。」
美玖は納得したように頷いた。
その時、ステージからギターのリフが激しく鳴り響き、ドラムのリズムが校庭に広がった。
紗彩がにっこりと笑い、「まあ、これが今のフォークダンスってこと。楽しんじゃえばいいのよ!」と軽快に言い放った。
「じゃあ、行こうか!」
紗彩は悠斗の腕を引っ張った。
「え、俺も?」
悠斗は戸惑いを見せたが、ダンスエリアに引っ張り込まれていった。ぎこちなく動く悠斗を見て、紗彩は笑いながら手を軽く振り、ステップの取り方を教え始めた。
その様子をちらりと見ていた紗彩が、ふいに振り返り、錬と美玖に声をかけた。
「錬くん、美玖ちゃんもおいでよ!」
錬は少し戸惑ったように眉を動かしたが、すぐに軽く息を吐き、自然な動きで美玖に手を差し出した。
「行こうか。」
「はいっ!」
美玖は顔を輝かせるように錬の手を取り、嬉しそうにダンスエリアへと向かった。
ダンスエリアに入ると、周囲の音楽と生徒たちの笑い声が一層賑やかに聞こえてきた。
錬は美玖と手を繋ぎながら、リズムに合わせて足を動かし始める。その動きはいつもながらの力強さと自然さがあり、美玖の緊張も次第に和らいでいく。
その様子を見届けた紗彩が、悠斗の肩を軽く叩く。
「よし、計画どおりね。ここまでくれば、あとは二人に任せていいんじゃない?」
「そうだな。」悠斗は視線をダンスエリアに残したまま頷いた。錬と美玖が音楽に合わせて体を揺らし始めるのを確認すると、静かに息を吐いた。
「で、俺たちはどうする?」悠斗が紗彩に問いかけると、紗彩は軽く笑みを浮かべながら言った。
「さりげなく退散するのがポイントよ。二人きりにしてあげるのが一番いいんだから。」
紗彩は自然な足取りでダンスエリアを抜け出し、悠斗もその後に続いた。振り返ると、錬と美玖が楽しそうに踊る姿が目に入った。紗彩は満足げに微笑みながら、悠斗に小声でつぶやく。
「ね、いい感じじゃない?」
「まあ、そう見えるな。」悠斗は少し照れたように頷いたが、その表情にはどこか安堵の色があった。
そんな二人のやりとりを、ステージ横でギターを調整していた滝沢がちらりと目に留めた。
「悠斗と、あの定期演奏会の子だな。ロビーで話してるのを見たけど、あの時は妙に親しそうだったよな。」
滝沢は手を止め、ふと視線を二人の背中に向けた。
二人がダンスエリアを抜ける様子は、どこか計画的なものを感じさせた。
「…やっぱり何か企んでるのか?それとも、単に仲がいいだけ?」
胸の中に小さな違和感を覚えながらも、深く考える時間はなかった。仲間が声をかける。
「滝沢、準備できたか?」
「あ、ああ。」
滝沢は軽く返事をすると視線をステージへ戻したが、先ほどの光景が頭の片隅に残り続けていた。
(ま、あいつが何をしてようと俺には関係ないか…たぶんな。)
窓の外から軽音部の演奏が微かに聞こえてくる。校庭では後夜祭が始まり、盛り上がりの気配が部室まで届いていた。
「おい、錬。そろそろ切り上げようぜ。」
悠斗が声をかけると、錬はスライドを滑らせたまま答える。
「いや、もう少しやる。自由曲のここ、まだ完璧にできてないしな。」
「文化祭の後夜祭だぞ。今年が最後なんだから、顔を出してもいいだろ?」
悠斗は半ば強引に言ったが、錬は表情を変えず淡々と返した。
「後夜祭なんてどうでもいいだろ。練習の方が大事だ。」
悠斗は内心で頭を抱えた。計画を進めるにはどうしても錬を校庭に連れ出さなければならないが、相変わらず練習熱心な錬を説得するのは至難の業だった。
「お前、真面目すぎるんだよ。でもさ、文化祭ってさ、後夜祭までがセットだろ?俺たち3年だぞ。今年が最後なんだぜ。」
悠斗は努めて軽い調子を装いながら言った。
しかし、錬はスライドを拭きながら首を横に振る。
「最後だからこそ、やるべきことをやっておきたいだろ。コンクールも近いし、こんな時こそ時間を無駄にできない。」
悠斗はわざと大げさにため息をつき、肩をすくめた。
「確かに練習は大事だけどさ、ずっと部室にこもってたら体がなまるだろ。リフレッシュも必要だって。校庭の軽音部の演奏、意外とノリがいいぞ?」
錬は軽く眉をひそめ、思案するように視線を落とした。
「お前、意外と説得うまいな。」
「でしょ?これもコンクールのためだと思えばいいんだって。」
悠斗は冗談交じりに言いながら錬をちらりと見た。錬はしばらく考えていたが、やがてスライドをケースに収め、立ち上がった。
「…まあ、たまには息抜きも必要かもな。」
「やった!」悠斗は内心でガッツポーズをしつつ、軽い口調で続けた。
「じゃあ、軽音の演奏でも見に行こうぜ。」
二人は部室を出た。廊下には遠くから聞こえる音楽と、校庭の楽しげなざわめきが響いていた。悠斗は錬の背中を見つめながら、心の中でそっと安堵の息を吐いた。
(よし、なんとか連れ出せた…。ここから計画を進めるぞ。)
校庭に出ると、ライトアップされたステージが視界に飛び込んできた。軽音部のバンドが演奏しており、周りには大勢の生徒たちが集まって体を揺らしている。曲に合わせて手拍子をする生徒や、一緒に歌詞を口ずさむ姿があちこちで見受けられた。
「結構盛り上がってるな。」
錬が少し驚いたように言うと、悠斗は軽く笑って肩をすくめた。
「ほらな、来て正解だろ?」
錬は返事をせず、視線をステージに向けたままスライドを動かす仕草をする。
悠斗はそんな錬を横目で見ながら、校庭の端にある朝礼台の横へと自然に歩を進めた。そこは紗彩たちとの打ち合わせで指定された待ち合わせ場所だった。
「ここから見るとステージもよく見えるし、いい感じじゃないか?」
悠斗が立ち止まり、錬に話しかける。錬は軽く頷きながらポケットに手を入れ、軽音部の演奏に耳を傾け始めた。
(よし、ここまではうまくいった…。あとは紗彩たちが来るのを待つだけだ。)
悠斗は心の中でそう呟きつつ、目の前の光景を装うように見つめた。だが、内心は焦りと緊張でいっぱいだった。
(錬は何も気づいてないだろうけど、あんまり長くここにいると怪しまれるかもしれないな…。早く来てくれよ、紗彩。)
錬がふと視線を動かし、悠斗に声をかけた。
「なあ、朝礼台の横なんて、随分と地味な場所選んだな。もっと前の方に行けばいいのに。」
悠斗は一瞬言葉に詰まったが、すぐに笑顔を作って返した。
「いや、こっちの方が落ち着いて音楽を聴けるだろ?それに、人混みはあんまり得意じゃないしさ。」
錬は怪訝そうに眉をひそめたが、それ以上追及はしなかった。
ステージでは次の曲に移り、テンポの速いリズムが校庭に響き渡る。悠斗は錬がノリのいい曲に反応して体を揺らすのを横目で確認しながら、視線を校庭の入り口の方に送った。
遠くから紗彩と美玖の姿が見える。紗彩がこちらに気づき、手を振るのを見て、悠斗は微かにほっとした表情を浮かべた。
(来た…。よし、あとは紗彩に任せるだけだ。)
「なーんだ、悠斗たちもいたんだね!」
紗彩が明るく笑顔で声をかけると、錬が不思議そうに首を傾げた。
「お前らも後夜祭に来てたのか?」
「もちろん!」紗彩が元気よく答え、美玖にも目を向ける。
「美玖とぶらっと見に来たの。そしたら、偶然見つけちゃった!」
錬は少し怪訝そうな顔をしながらも、「そうか。」と短く返事をした。その表情には、どこか引っかかるものを感じた様子があったが、それ以上は何も言わなかった。
紗彩はその微妙な空気をすぐに察し、自然に会話を広げた。
「錬くん、後夜祭楽しんでる?」
「いや、悠斗に引っ張られて来たばっかりだ。」
錬が淡々と答えると、紗彩は「へえ、悠斗らしいね。」と軽く笑いながら、美玖に視線を送った。
「そういえば、美玖、コンサートの後に錬くんの演奏すごく良かったって話してたよね?」
「えっ…!」
突然話を振られた美玖は驚きながらも、錬を見てぎこちなく微笑んだ。
「あ、あの…本当に素敵でした。ありがとうございました…。」
声が少し震えていたが、美玖の気持ちは錬にも十分伝わったようだった。
錬は少し照れくさそうに眉を上げ、短く「ありがとう。」と答える。その言葉に美玖はさらに顔を赤らめたが、それでもどこか嬉しそうだった。
紗彩はその様子を見て、すかさず話題を変えた。
「軽音部、けっこういい感じだよね。この後のバンドも聞いてみたいな。」
「そうだな。」錬が軽く同意すると、紗彩はさらに巧みに会話を広げ、美玖と錬が自然に言葉を交わせるように仕向けた。
美玖は緊張しながらも少しずつ錬との会話に慣れ、笑顔を浮かべる場面も増えてきた。錬も最初の警戒心を解き、時折冗談を交えるようになる。
一方で、悠斗はそのやり取りを見守りながら内心でほっとしていた。
(さすが紗彩だな…話を振るタイミングとか絶妙すぎる。俺には真似できないよ。)
計画が順調に進んでいることに安堵しながらも、悠斗は紗彩の見事な手腕に改めて感心していた。
ステージから軽快なロックンロールのナンバーが流れ始めた。
「フォークダンスのスタートです!みんな楽しんでいこう!」
明るいアナウンスが響くと、校庭のあちこちでペアを組んだ生徒たちが思い思いに踊り始めた。
その様子を見て、美玖が首をかしげる。
「これが…フォークダンス?」
ペアたちが自由に動き回るのを見つめ、不思議そうな表情を浮かべる。
紗彩がくすりと笑って説明を始めた。
「美玖、昔はね、キャンプファイヤーの周りで輪になって踊る、ちゃんとしたフォークダンスだったのよ。手を繋いだりステップを踏んだりして。」
「えっ、そんな本格的なフォークダンスだったの?」美玖が驚いて聞き返す。
悠斗が横から口を挟む。
「でも、火を使うのは危ないってことでキャンプファイヤーがなくなって、代わりに今みたいなライトアップされたステージとバンド演奏になったんだ。だけど、名前だけは『フォークダンス』が残ってるってわけ。」
「なるほど…だからみんなこんなふうに自由に踊ってるんだね。」
美玖は納得したように頷いた。
その時、ステージからギターのリフが激しく鳴り響き、ドラムのリズムが校庭に広がった。
紗彩がにっこりと笑い、「まあ、これが今のフォークダンスってこと。楽しんじゃえばいいのよ!」と軽快に言い放った。
「じゃあ、行こうか!」
紗彩は悠斗の腕を引っ張った。
「え、俺も?」
悠斗は戸惑いを見せたが、ダンスエリアに引っ張り込まれていった。ぎこちなく動く悠斗を見て、紗彩は笑いながら手を軽く振り、ステップの取り方を教え始めた。
その様子をちらりと見ていた紗彩が、ふいに振り返り、錬と美玖に声をかけた。
「錬くん、美玖ちゃんもおいでよ!」
錬は少し戸惑ったように眉を動かしたが、すぐに軽く息を吐き、自然な動きで美玖に手を差し出した。
「行こうか。」
「はいっ!」
美玖は顔を輝かせるように錬の手を取り、嬉しそうにダンスエリアへと向かった。
ダンスエリアに入ると、周囲の音楽と生徒たちの笑い声が一層賑やかに聞こえてきた。
錬は美玖と手を繋ぎながら、リズムに合わせて足を動かし始める。その動きはいつもながらの力強さと自然さがあり、美玖の緊張も次第に和らいでいく。
その様子を見届けた紗彩が、悠斗の肩を軽く叩く。
「よし、計画どおりね。ここまでくれば、あとは二人に任せていいんじゃない?」
「そうだな。」悠斗は視線をダンスエリアに残したまま頷いた。錬と美玖が音楽に合わせて体を揺らし始めるのを確認すると、静かに息を吐いた。
「で、俺たちはどうする?」悠斗が紗彩に問いかけると、紗彩は軽く笑みを浮かべながら言った。
「さりげなく退散するのがポイントよ。二人きりにしてあげるのが一番いいんだから。」
紗彩は自然な足取りでダンスエリアを抜け出し、悠斗もその後に続いた。振り返ると、錬と美玖が楽しそうに踊る姿が目に入った。紗彩は満足げに微笑みながら、悠斗に小声でつぶやく。
「ね、いい感じじゃない?」
「まあ、そう見えるな。」悠斗は少し照れたように頷いたが、その表情にはどこか安堵の色があった。
そんな二人のやりとりを、ステージ横でギターを調整していた滝沢がちらりと目に留めた。
「悠斗と、あの定期演奏会の子だな。ロビーで話してるのを見たけど、あの時は妙に親しそうだったよな。」
滝沢は手を止め、ふと視線を二人の背中に向けた。
二人がダンスエリアを抜ける様子は、どこか計画的なものを感じさせた。
「…やっぱり何か企んでるのか?それとも、単に仲がいいだけ?」
胸の中に小さな違和感を覚えながらも、深く考える時間はなかった。仲間が声をかける。
「滝沢、準備できたか?」
「あ、ああ。」
滝沢は軽く返事をすると視線をステージへ戻したが、先ほどの光景が頭の片隅に残り続けていた。
(ま、あいつが何をしてようと俺には関係ないか…たぶんな。)