夏の序曲

第34話 久しぶりの散歩

昼過ぎ、受験を終えてしばらくぶりに悠斗が街に出た。
春の訪れを思わせる柔らかな日差しが差し込む街中を、気分転換に歩いていると、カフェのガラス越しに見覚えのある姿を見つけた。紗彩が制服姿で友達とおしゃべりをしている。

一瞬足を止めた悠斗だったが、声をかけることなくその場を離れようとする。
（邪魔するのも悪いしな…。）
そう思って歩き出した矢先、背後から紗彩の声がした。

「悠斗？」
振り返ると、カフェから出てきた紗彩が驚いたような笑顔を浮かべていた。
「やっぱり悠斗だ！何してるの？」
「ああ、ちょっと散歩してたんだよ。そっちは？」
「友達とおしゃべりしてただけ。でも、今ちょうど解散したところ。」
紗彩がそう言って、隣に並んで歩き始める。

二人はそのまま駅に向かって歩きながら、近況を語り合った。
紗彩は卒業式の準備や最後のクラス行事について話し、笑顔を見せる。
「そういえば、悠斗の学校って、卒業式早いんじゃない？」
「いや、普通に3月1日だよ。紗彩の学校は？」
「うちも同じ日だけど、卒業式の準備とか全然進んでなくてさ。」

少しの沈黙が訪れるが、紗彩がふと呟く。
「悠斗、東京に行く準備とか始めてる？」
「ああ、一応少しずつね。でも、まだ手探りだよ。」
「そっか。でも、悠斗ならきっとすぐ馴染むよ。」
紗彩の励ましの言葉に、優斗は少し照れくさそうに笑みを返した。

二人が歩き続ける中、別れ道が近づいてきた。
「じゃあ、私こっちだから。」紗彩が手を振りながら足を止める。
「またな。」悠斗も軽く手を挙げて応じたが、その背中を見送る中で名残惜しさを感じた。

紗彩が歩き去る後ろ姿を見つめながら、悠斗は静かに思う。
（東京に行く前に、どれだけ話せる時間が残ってるんだろう…。）