相談室のきみと、秘密の時間
搭乗ゲートをくぐろうとする彼の腕を強く掴んだ。

「何やってるんですか! 私は慧悟さんを逃がしませんよ」

「もういいよ。十分だ」

「最初から逃げるつもりだったの……?」

「違う。でももう君の邪魔にはなりたくないんだ! 僕はもう君の力になれない」

「そんなことないのに、なんでよ」

「君に声をかけなかったのは、君はいつも友達と笑っていたのに、心の底では人を拒絶しているのが分かったからだよ。でも今は違うだろ? 君はもう何にでもなれる。解放されたんだから。僕は彩葉の重荷になりたくない!」

「重荷なんかじゃない」

「それは僕がいつか君を傷つけるだけ傷つけて消えるのだとしても?」

「何を、言ってるんですか?」

「僕はそれほど悪い。自分のことだから自分で分かる。いつだって君を傷つけ、自分だけは都合よく消えられる。自分勝手で浅はかで何も無い、そんな程度の人間だ」

「慧悟さん……」

あの慧悟さんが泣いていた。

こんなにも覚悟を決めた人の歩みを堰き止める言葉なんてどうしてたって出て来るはずがなかった。

いまの私はあまりにも幼稚で、あまりに浅い人間だった。

「だから君は.......君の思うままに生きて」

愛している人ひとり、自分の手で守れないんだから。

頭上には飛行機雲が伸びていた。

飛行機の中、本当に泣いていたのは私じゃなくて、慧悟さんだった。

あの人だけが、まだあの場所で寂しさに震え続けているんだ。
< 57 / 67 >

この作品をシェア

pagetop