超絶美少年を拾ったら、私にペットが出来ました。
Pick up.1) 超絶美少年を拾いました。
「おねーさん、何してんの?」



あの夜、声をかけられなかったらたぶん私たちは出会ってない。

ボロボロで今にも泣きそうだったソウをほおっておけなくて…




拾ってしまったのはきっと私の過失。






****


「まーおちゃんっ」

玄関のドアを開けるとタタタッと駆け足で寄って来る。

「おかえり~!」

ぎゅっと私に抱き着いてぎゅーっと抱きしめて、これが毎日の日課。

「ただいま、ソウ」

だから私もぽんぽんっと背中をなでちゃったりして、ここまでがセット。

「ご飯出来てるよ、一緒に食べよっ」

「ありがと、お腹空いたから嬉しい」

「じゃあ手洗って来て~♬」

すぅーっと上機嫌にソウが離れていく、るんるんとステップを踏んだりして。

今日はよっぽど機嫌がいいらしい。

フリフリとしっぽを振って…、そうしっぽを振って。

「てゆーかそれいつまで着てるの!?クリスマスはとっくの昔に終わってるんだけど、もう年越してるよ!?」

私の声にきゅるっと振り返って、にひっと笑う。

「だってこれ俺のお気に入りなんだもーん」

フードを被り直してふふっと嬉しそうに。

「…ドンキで買ったトナカイの着ぐるみのどこがお気に入りなの?」

これは去年のクリスマス、友達とパーティーをするのに買って来たやつ。
いかにもクリスマスなこれは他に使い道がなくて、買ったのも完全にノリなんだけど…
まさかこんな頻繁に着用されるとは。

「…ソウが気に入ってるならいいけど」

「すっごい気に入ってるーーー♡」

…じゃあいいか、毎日こればっか着てるけど。

朝から晩までずっとトナカイなんだけど。
私が仕事へ行く前も帰って来た時もずっと…たぶん昼間も。

「あ、そうだ真桜(まお)ちゃん!今日いいワイン買ったんだ、あとで一緒に飲まない?」

さっき離れていったかと思えばまた近付いて、正面に立ち私の両肩に腕を乗せてコテンと首を傾げる。まるでがっちりホールドされたみたいに私は動けない。

「ワイン…なんていつの間に買ったの?」

しかもこれの何が困るかって…

「取り寄せた、真桜ちゃんのために♡」


超絶顔がいいとこ。

死ぬほど顔がいい、これは神様の彫刻物かってくらいキレイな顔してる。


まぁ身長は私よりちょっと大きいくらいだけど。私は平均より高い方だしね。

「取り寄せた!?」

「あ、でも俺のお金だよ?俺が買ったから安心して、パソコンは真桜ちゃんの使ったけど」

「別にそーゆうことを言ってるんじゃっ」

「よーしっ、ご飯にしよ~!お腹空いたよね~!!」

「ちょっとソウっ!」

またサーっと離れてキッチンの方へ向かった。

鼻歌まで歌っちゃって、もうクリスマス終わってるって言ってるのにあわてんぼうのサンタクロース口ずさんでるし。

てゆーか上手いな、鼻歌で歌って上手いって何!?

「真桜ちゃん早く手洗って来てよ!」

「あ、うん…わかった」

すでに部屋の中はいい匂いでたぶん今日はクリーム系の何かだ。

パスタかな?それとも煮込み系??
とにかく食欲をそそられて、今日もいっぱい食べてしまいそうだよ。

最近はずっとそんな感じ、仕事から帰って来たらソウが毎日夕飯の支度をしておいてくれるからすっごく助かるし帰って来て誰かがいるってほっこりするよね。


そんな生活も、もうすぐ1ヶ月。

ソウと暮らし始めて1ヶ月、あの日ソウを拾って…



「1ヶ月も家に置いてるの!?」

透子(とうこ)…声が大きい」

会社のお昼休み、今日は外に出て高校からの友達の透子とランチ。職場は違うけど近くで働いてるからたまーに一緒に食べることがある。

「あ、ごめん!ついびっくりしちゃって」

お昼はどこもかしこもいっぱいだからなるべく人の少なそうな地味な定食屋さんで、寡黙なお父さんと気立てのいいお母さんのこじんまりしたお店だけど何を食べてもおいしいから結局いつもここに来てしまう。

隅っこの2人掛けのテーブルで向き合って、からあげ定食を食べる。

「あけおめメール送ったらさ、さっき超絶美少年拾ったって返って来た時には何かと思ったけどさ」

「うん…」

「今も何かと思ってるよ」

「だよね、私も思ってる」

何がどうしてそうなったのか、正直なところ私にもよくわからなくて。


でも泣いてたから…

ううん、泣いたあとだったから。


私の顔を見て、また泣きそうな顔をしたの。


あの夜、駅から少し離れた薄暗いビルの前で。


「どうして拾っちゃったんだろ、あんな誰だかわかんないの…っ」

はぁ~ってタメ息が漏れる、せっかくおいしいからあげなのにこの話をすると味がしなくなる気がするんだよね。

「本当に何にもわかんないの?」

「わかんない」

「年齢とか、何してる人とか!」

「年齢は…お酒飲んでたからハタチは過ぎてるかな」

「ハタチ過ぎてなくても飲めるよ、法律違反なだけで」

「……。」

食べようと思って箸でつかんだからあげを口に入れることも億劫で。

しまった、そのパターンがあったか…
じゃあ未成年だったら私犯罪?それはさすがにやばくない??

「それ怪しくない?大丈夫なの?」

大丈夫…って聞かれたら、どうなんだろう?
たぶん大丈夫ではない気はするけど。

「犬とか猫じゃないんだからさ、なんで拾っちゃったの?」

透子が眉をひそめて、全く理解出来なそうな顔をしてる。

もぐもぐとからあげを頬張りながら私を見てる。

なんでって、それを言われたらそりゃ…

「超絶顔がいいからかな」

「それは抗えないね、致し方ない」

はぁっともう一度息を吐いて、ごくんっとお茶を飲んだ。あったかいお茶はいいね、なんか落ち着くよね。

「……。」

年齢もどこに住んでたのかも、仕事だってしてなさそうなソウは一体誰なのか… 


素性が全くわからない。


ただ顔が超絶よくて、料理は上手いしついでに鼻歌も上手い。

それくらいしか知らなくて。


あとは… 


「ソウって名前ぐらいね、聞いたのは」

それだけ、教えてくれたのは。

名前は?って聞いたら“ソウ”って、それだけ教えてくれた。

「…苗字は?」

「……。」

「本当にソウって名前なの?」

「……。」

「…。」

偽名の可能性も捨てきれない、残念だけど…
透子も同じこと思ったんだと思う、ただ無言で白米を口の中に詰め込んだから。それも2回、大きな口でもぐっと。

「だってはぁ、みふんしょもないんでひょ」

「飲み込んでから喋って、食べながら喋らないで」

「…っと、身分証もないんでしょ?てゆーか何も持ってなかったんでしょ?」

ごくごくっとお茶で流し込んだ透子がパチッと1回瞬きをした。

その瞳にも大丈夫なのかって感情がこもってる。

その気持ちも重々わかってるよ。
私だってどうかしてるって思ってるもん。

あんな超絶美少年拾っちゃうなんてさ。

「…、身分証もないし鞄とかも持ってなかったし持ってるのはスマホだけかな」

「あ、スマホは持ってるんだ!」

「でもあれなんだよね…」

「あれ?って何?」

肌身離さずスマホは持ってる、お風呂に行く時も寝る時も、トナカイの着ぐるみを着てる時もポケットに必ず入れてる。


だけど…


「電源が入ってたことがないの」

持ってるだけで使ってるところを見たことがない。

あくまで私の前ではなのかもしれないけど、もう1ヶ月一緒にいるのに一度もスマホを触ってる姿を見たことがないなんて…


そんなのありえるかな?


「それは気になるね、絶対不便だもん」

この時代に絶対ありえないよね。

「でもお金は持ってる」

「こわっ」

財布は持ってないけどお金は持ってるってどーゆうこと??本当わかんないんだけど。

注文したワインの履歴こそっと見ちゃおうっかなって思ったけどそんな履歴なかった。私のパソコンを使っただけでアカウントは自分のを使って買ったみたい、だからどこのサイトで購入したのかも…

ゴミは丁寧に片付けられてたしゴミ箱から出して探るのもなぁ~…

「そんでトナカイさんは元気なの?」

「え?」

「いっつもトナカイの着ぐるみ着てるんでしょ?」

「あ、うん…」

服もないから、うちに来た時着てた服しか。
だからその代わりにあげたんだけど、なぜか気に入ってずーっと着てる。あれのどこがいいのかわからないけど。

「元気だよ、たまに踊って鼻歌口ずさんでしっぽ振って…私が帰ると嬉しそうに寄って来るの」

「なにそれ」

「めっちゃくちゃ可愛いんだよね」

「楽しんでんじゃん、美少年との生活」

「それはもうすっごく楽しい」

楽しい、それは。

にこにこと笑って私の名前を呼んで、しっぽを振りながら駆け寄って来るんだもん。

今は何してるのかなーって無意識に考えちゃうぐらいね、なんだろこの感覚は…
心当たりがあるようなないような…

「なんかペットみたいだね」

「……。」

「真桜、ついにペット飼い出した?」

「それだ!!」

そうだ、それだ!まさにそんな感じ!!

しっくり来るーーーー!

「私に従順なんだよね、人懐っこいし無邪気だしそれでいて素直なの!私が落ち込んでる時なんか…っ」

ついつい早口になっちゃって、手に持った湯呑もそのままで話し始めてハッとした。私を見ながら微笑んでる透子と目が合ったから。

「な、何…あ、やばいやつだなって思った?」

「ううん、元気そうでよかったって思った」

「え…?」

透子が食べ終わったお味噌汁の蓋を閉じて手を合わせた、ごちそうさまでしたって言いながら。

「ちょっと心配だったから、真桜どうしてるのかなって」

「……。」

「あぁー…」

透子も気にしてくれてたんだ、いや…あれはだいぶ気になるとは思うんだけど。

超絶美少年拾ったことに負けないぐらい、驚かせてしまったから。

「私がクズ男子に引っかかった話?」

「あ、もうそれ自分で言えるぐらい平気なの?」

ごくごくっとお茶を飲み干して立ち上がる、そろそろ戻らないと午後の仕事が始まるから。
午後も仕事忙しいんだよね、出来たら定時に帰りたいし仕事は残したくない。

「平気だよ、あんなやつと婚約破棄してやって正解だから」



香月真桜(こうづきまお)、恋も仕事も大忙しな27歳。



…恋は1回離脱してしまったけどせめて仕事は充実させなくちゃ。

少々仕事が大変でもどうにかなる、家に帰ったら可愛いペットのトナカイがいるんだから。
いや、トナカイはペットにならないか?そもそもトナカイって飼っていいんだっけ?


そんなのどっちでもいいか、うちのペットが待ってるんだ。


「なーんだ、真桜がもう男はいらない~!って言うんだったら一緒に推し活しようと思ったのに」

「それも楽しそうだけどね、透子見てたら思うよ」

でも今はいいや、それより早く帰りたい。今日も早く帰ろう。


****


「家畜用ならトナカイって飼えるんだ」

気になってスマホで検索してみた。飼えなくないらしいが家畜なら可ってことらしい。

「真桜ちゃん何見てるの?」

「んー、トナカイって一般的に飼えるのかなって」

ソファーに座りながらワインを飲む、うちにワイングラスなんてないから普通のコップで。
ワインってこんなジュース感覚で注がれるものだっけ?コップの2/3入ってるし見た目普通にぶどうジュースだよね、絶対飲み過ぎる。

「え、真桜ちゃんトナカイ飼うの??」

ピタッとくっ付いて来る、今日も変わらずトナカイの格好をして1人暮らしのソファーだから小さいのはしょうがないんだけどぎゅうぎゅうにくっ付いて来る。がんばったらもう1人座れそうだよねってぐらいスペースを開けて。

「ううん、ここにもうトナカイいるから」

指を差す、私の肩にコテンを頭を乗せたソウを。

「ペットみたいだなって」

「……。」

あ、今のはどうだった?
人間に対してペットなんてよくないよね!?

つい言っちゃった!間違えたー…っ 


って思ったのに、なんでソウはそんなに目キラキラさせてるの?


「真桜ちゃんのペットにしてくれるの!?」

なぜ喜ぶ!?そこは喜ぶとこなの!?

「いいの?ペットで、もっと人権持った方がよくない?」

「え~、うれしい真桜ちゃんのペット♡♡」

わかんない、やっぱりわかんない。

ソウがどんな人なのかも何を考えてるのかも。

ペットにされてうれしいって何…

よくわからない思考回路だなって思いながらソウが用意してくれたチョコレートに手を伸ばした。
ソウいわく、赤ワインとチョコレートは相性がいいらしい。普段ワイン飲まないからピンと来ないけど、そうなんだ。

赤ワインとチョコレートって…

「何このチョコ!?めっちゃおいしいんだけどっ!!」

「やった~♬俺のおすすめー♡」

なめらかな舌触りに溶けていくかと思えばカカオの風味がふわーっと口の中に溢れて…
これどこのチョコレートなの!?初めて食べたよ!

「…これ絶対高いよね?」

「…あはっ」

笑って誤魔化された。

お金は持ってるんだよね、このトナカイ…
クレジットカードは持ってるのかな?でも持ってなくてもサイト登録してあれば使えるもんね、身分証明されなくても使える…

「もう1個食べる?俺ここのチョコレート好きなんだ」

手に持ったチョコレートを私の口元へ運ぶ、そんなことされたら必然的にゆっくり口が開いて。

「甘いものはなんでも好きだけどね」

パクッと放り込まれる。

ソウと目を合わせながら。

口の中で溶けていくチョコレートの香りと赤ワインの風味が混ざって、ふわふわと落ちていきそう。

だからワインなんて飲んだことないって言ったじゃん、ワイン飲んだら自分がどうなっちゃうとかそんなの…っ 


―…っ 


唇が触れた、奪われるみたいに。


静かに離れたソウが私を見てくすっと息を漏らす。

「トナカイって家畜なら飼えるんだよね?家畜の意味知ってる?」

家畜の意味って…
それはあれでしょ?売るために育てる、牛とか鳥とかよく聞くでしょ。

それが家畜―…

「生殖が人の管理下にある隔離された動物、なんだって」

私からそっとワインの入ったコップを持っていきテーブルの上に置いた。私の目を見たまま、ふっと笑って。

「ってスマホで調べたら出て来た!」

「あ、いつのまに私のスマホっ」

取り返そうと手を伸ばした時、グッと腕を掴まれて引き寄せられたかと思えば視界は何も見えなくて。


ソウしか見えなくて。


狭いソファーの上、逃げられないこの状況に…


ううん、逃げようと思えば逃げられた。

振り払おうと思えば振り払えた。


でも何度も何度も求めるようにキスを重ねるソウに私も目を閉じて、そのままゆっくり倒されていく体に熱を感じて。


あーぁ、何してんだろ?

見知らぬ美少年と何してんだろ?

これでいいの、私… 



だけど、これで満たされていくものもあるから。


虚しく開いた心をいっぱいにしてくれる。



明日もがんばらなくちゃ。

明日もがんばるんだ、…だって明日は…




「香月さん、今日はよろしくお願いしますね」

「はい、芝崎(しばさき)さん。こちらこそお願い致します」


婚約破棄したコイツと仕事だからーーー…っ!!!


にこっとすました顔してるのがむかつく。

どーゆうつもりで私の前に立ってんの!?何その顔、にこにこ笑いやがって!!

「どうぞ、お座りください」

でも仕方ない、これは仕事だから。

私だって大人、ここはしゃんっと大人の顔してしっかり対応しなければ。営業スマイル全開でどうぞって言ってやったし。

「芝崎くん、待たせて悪いね」

小川(おがわ)部長、お時間を頂きましてありがとうございます」

応接室のドアがガチャッと開いた瞬間スッと立ち上がって姿勢よく頭を下げる、なめらかな声に対応についでに清潔感溢れるスーツが好印象で。

どこぞの社長の息子らしいからね???そんなのもうどーでもいいけど!

「今日はよろしくお願い致します」

にこりと爽やかに微笑む顔が目を引く。

「こちら、どら焼きなんですけど…小川部長がお好きと聞いて」

「おぉ、これは駅前の!いやぁ嬉しいねぇ~!」

相手の懐に入るのもなんのその…どこを取っても完璧で非の打ち所がない。

パチッと目が合えばにこっと微笑んで、涼し気なその姿にこっちまで微笑み返したくなる…
わけないでしょ、ふざけないで。微笑みかけて来ないで。

「お茶を用意して来ますねっ!」

あ、苛立ちが抑えきれなくて語尾強めで返しちゃった。
でもそれくらいいいよね、会話してあげてるだけでもいいと思って。


本当だったら顔も見たくないの、もう二度と。


「失礼しました」

ゆっくりドアを閉めようとした時、わざとこっちを見てにこっと笑った。
それが余計に苛立って、危うく舌打ちで返しそうになった。

あ、あいつ…!

仕事先じゃなかったら手が出てた。いや、出さないけど気持ち的に。

小川部長は私とあいつが付き合ってることも知らなかったし、まだ婚約したことも伝えてなかったし、結果やっぱり言わない方がよかったとは思うけど…

言っておけばあいつの株を落とせたのかもしれなかったのに!!!


ジャァァァーッ、思い出すと腹が立つあいつの笑った顔のせいでポットの給湯ボタンを思いっきり押してしまった。ちょっと急須から飛び出ちゃった。

あんな笑顔振りまいて来るから…っ

「……。」

まぁその笑顔に?私も騙されちゃったんだけど。

優しくて誠実で、時にはおもしろくっていい人だなぁって思ってた…


仕事先で会うならば。


あいつが…



あんなに女好きとは思わなかったよね!!!?



思い出してもイライラしか起きないわ、堂々と女連れ込んでるなよ!せめて隠してやれ!!

…めっちゃくちゃ濃いお茶入れてやろうかな。それくらい些細な嫌がらせしか浮かんで来ない自分も嫌になるけど、結婚する前にわかってよかったって思うし。

もう二度とこいつとは会わないって決めたから、仕事先以外で。

「失礼します、お茶をお持ちしました」

仕方ないからめっちゃくちゃ濃いお茶はやめてあげた、茶葉を使う方がもったいないし。

「どうぞ」

「ありがとう、香月さん」

「……。」

笑ってあげる、私だって。

小川部長にもお茶を出して、一応自分にも。
私も参加しなきゃいけないし、こいつと同じ空間にいるのも嫌なんだけどこれも仕事だし大人だしこれくらい…っ

「香月さん」

「はいっ!」

あ、モヤモヤと考えてたことが声量に現れてしまった。急に名前を呼ばれたから、無性に腹が立って。

「香月さんも資料に目を通してもらえるかな?」

でもそっちの方が大人な対応で、何事もなかったように資料を渡された。小川部長はちょっと驚いてた。


…香月さん、なんて。


慣れないな、会社(ここ)ではそれが普通だったんだけど慣れない。


真桜って、呼んでたのにね。

……。

もう呼んでほしくはないけど。


基本この会議は私は聞いてるだけ、たまに話は振られるけど決定権は小川部長にあるし補佐的なポジションだから。
でもチラチラとこっちを見て来るけど、香月さんはどうですか?って聞いて来るけど、その仕事熱心ですみたいなとこも…っ

「ではこのままの内容でよろしいですか?」

「うん、ありがとう芝崎くんに頼んでよかったよ」

こうしてまた1つ株を上げる。
仕事は出来るから、仕事は。仕事場で会うには最高だから。

「じゃあ香月、納品の日にちだけどー…」

小川部長に言われたことを聞き逃さないためにメモを出した。ここからが私の仕事で、発注作業が私の仕事。

「香月さん」

「……。」

名前を呼ばれて仕方なく目を合わせる。これは仕事、仕事だから。

「香月さんもここのどら焼きお好きなんですよね」

「…………はい?」

なんで今それを??

「そうなのか香月、じゃあ今日のおやつが楽しみだなぁ」

「楽しみを提供できて光栄です」

「芝崎くんは本当気が利いて仕事がしやすいよ」

「……。」


あぁぁぁーーーーーーーー(声にならない声)――――――!!!!




****


「まーおちゃんっ、おかえりっ」

「ただいま、ソウ~~~!」

「え、どったの?今日の真桜ちゃん積極的!?」

「……。」

ぎゅって抱き着いて来たから抱きしめ返しただけなんだけど。

「俺いつでも、希望に応えるよ?」

グッと引き寄せるように肩を抱いて耳元で囁く。このトナカイ、肉食だなきっと。

「なーんて、ご飯にしよ~!今日はねぇ、サバの味噌煮~!」

かと思ったら私から離れて万歳をしながらタターッとキッチンの方へ駆けてゆく。トナカイのしっぽをふりふりさせて。

「…ねぇソウ」

背中に呼びかける、もしかして答えてくれないかなって。

「ん?なに真桜ちゃん、どうかした?」

ずっと聞きたくて、でも聞けなくて。

「ソウって一体誰なの?」

たぶん、聞いたら終わるから。

その答えを…

「真桜ちゃんのペット、だよ♡」

決して、聞かせてもくれないけど。

はぁっと息を吐いて玄関で靴を脱いで、家の中に入れば味噌のいい匂いがするし、お腹も空いたし。
今日もペットが作ってくれたご飯を食べるんだ。
クリスマスも過ぎて暇を持て余したトナカイと。

「…ソウ、お腹空いた」

「もうできてるから早く早く!」

「うん…っ」


てゆーか…


こんなキレイな顔して和食も作れるって何なの?

超絶美少年が作るサバの味噌煮とか初めてだよ。おしゃれな異国の料理しか作らないのと思った。それを作れるのもすごいんだけど。

「真桜ちゃんおいしい?」

「…おいしい、すっごく」

驚くほどにね、お店で食べるよりおいしいかもしれない。

「俺実は和食のが得意なの」

「ソウ何でも作れるんだね」

「今度は何作ってほしい?真桜ちゃんのためだったら何でも作っちゃう!」

「何でもいいの?」

「いいよ、だって俺は真桜ちゃんのペットだもん」

両肘をテーブルにつけてその上に顔を乗せる、ふふって笑いながら正面に座る私を見る目はどちらかというと…

「逆じゃない?ペットが料理してるじゃん」

「飼い主様に言われたことをやってるんだよ」

それはなんて出来たペットなの?私にいいことしかないじゃん。

「だからたまには甘やかしてね」

トナカイのフードから覗かせる無邪気な表情は子供ぽくもあるのにそれより美しさが勝って、目を細めて笑えばキュンと胸が音を出しそうで。

「甘やかしてあげてもいいよ、たまになら」

「やった♬」

やっぱただの美少年じゃないからね、超絶美少年だからね。うちのトナカイは。

―ピコンッ 

サバの味噌煮を口に含んでご飯を一緒に放り込もうと思ったら、テーブルの上に伏せてあったスマホが鳴った。

LINEだ、誰だろ…
まぁたぶん…

「透子だ」

「透子ちゃん?」

ソウと透子は会ったことないけど、私がよく透子の話をするから覚えてしまったらしい。透子もソウのこと覚えちゃってるから、お互い名前だけ知ってるみたいな。

「透子ちゃんなんだったの?」

「えっと…」

“推しの曲聞いて”

…その下に音楽ファイルが送られて来た。
知らない人の知らない曲、最近透子がハマってるっていうアイドルグループだろうなたぶん。

これを聞けってことね、ふーん…

「大した用じゃないっぽい、ご飯食べたら返すよ」

ご飯をもぐっと口に入れた。

あとで聞こう、まずはお腹を満たしたいしソウとご飯が食べたい。
ソウの顔を見ながらソウの作ったサバの味噌煮を食べる、そうしたらまた明日からも…


がんばろう私。

がんばるんだ、私。




****


あ、もうすぐ定時だ今日は残業しないで帰ろう。

今日もソウが待ってるから。

ここ最近は仕事が落ち着いて残業も少なかった、だからサッと家に帰れて嬉しかったり。
サバの味噌煮を作って以来ソウの和食レパートリーは日々更新され、サワラの西京焼きとかいわしのつみれ汁とか毎日が定食屋さんだった。

すっごいありがたいけど、魚好きだし何でも食べられるし。

でもあの魚はどこで仕入れてるんだろう…
ってことが気になるくらいで。

取り寄せ?
出来なくもないとは思うけど毎日そんなことしてる…?

謎はどんどん謎を呼ぶ…

「はぁ…」

たぶんこれも聞いても教えてくれないな。

教えてくれるのは得意料理ぐらい、大事なことは何も…
だけどはぐらかされるたび楽になる自分もいてどこか安心してしまう。


だって、その答えが出てしまったら…



私たちは終わりだから、きっと。



「さぁ、帰ろ」

トンッと書類を整えてクリアファイルにしまう、これは明日の朝チェックして先方に送ればいいから…
うん、今日の仕事は終わりね。

ジャスト定時、カチッと時計の針が動いたと同時立ち上がった。

「香月…っ!」

だけど慌てた様子の小川部長がドタバタとオフィス内を走って来たから。

「お疲れ様です…そんなに急いでどうかされましたか?」

血相を変えて青ざめてる、こんな取り乱す小川部長見たことない。

そんな大変なことがあったの…?

「香月っ、こないだの!芝崎くんところのあれどうなってる!!」

「芝崎さんの…?」

「納品だよ!さっき芝崎くんから連絡あってまだ来てないって…!」

“じゃあ香月、納品の日にちだけどー…”

あ、こないだの…!

「注文はかけました!履歴だってここに…っ」

もう一度パソコンに向かって、マウスを持ってメールアプリをクリックする。

発注はメールで送った、だからちゃんと残ってるはず送信した履歴がここに…

「ありました!これですっ、あの後すぐに発注かけたんで…っ」

指を差して、ちゃんと発注はした。

じゃあまだ配達が間に合ってないのかな?どこで遅れてるのかな?


とりあえず連絡してー…


「香月、納品の日にち間違ってるぞ!」


……え?

えぇ…!?


パッと食い入るようにパソコンの画面を見る。


私が指定した納品日は2月20日、メモには確かー…


「お願いした日にちは10日(とうか)だ!2月10日(とうか)!」


引き出しからあの時のメモを取り出した。

パラパラとめくって自分で書いた文字を探す、あの時私何て書いたっけ!?


10日って書いてたっけ、私が書いたのはー…


「申し訳ありません、メモした日にちを間違えてしまいました」


あの時から間違えてたー…!


「どうするんだよ…っ、今から発注しても間に合わないぞ!」

「すみませんっ」

ガバッと頭を下げる、どうしようこれはとんでもないミスだ。

「なんでこんな…っ!」

「すみません…」


20日(はつか)10日(とうか)を聞き間違えた?

そんなの全然違うじゃん… 


てゆーか聞き取れなかったらもう一度確認すべきだし、迷うことなくちゃんと書いてあるこれは…


「芝崎くんに今日中って言われてるのに…っ」

“香月さんもここのどら焼きお好きなんですよね”

あいつの言葉に惑わされてー…っ 


あ、あいつのせいだ~~~~~~~~!!!


余計なこと言うから日にち間違えて書いちゃったじゃん!

最後の最後でわけわかんないこと言うから本当…っ

「とりあえず芝崎くんに連絡するから、香月は納品早められるか確認して!」

小川部長がダラダラと汗を流して電話へ向かう、言われた通り私も電話を…

「…っ」

すっごいやっちゃった。


こんなミス今までで1番かも、どうしたらー…っ 


むかつく、本当に本当にむかつく… 

なんで、こんな…っ 


こんな間違えしたことなかったのにー…っ 


電話をかける、もう定時を過ぎてる。

どうか繋がってって祈りながら。

「あのっ、…」

ずっとイライラしてたから、仕事しなきゃいけないのに全然集中出来てなかった…



全部自分のせいだ。





****

…結局、小川部長が芝崎さんに連絡して納品が出来ないことをひたすらに謝ってくれた。

ただ謝って、こんな真冬に汗を流して、それぐらい小川部長も必死だった。


私は何も出来なかった。

私のミスなのに、私が出来ることは何もなかった。


27歳、恋も仕事もがんばってるつもりだった。


恋は諦めてしまったけど仕事くらいはって励んでるつもりだった。

でも何ひとつ上手くは出来なくて落ちていくばっかりだ。


27歳はもっと大人だと思ってた。

きっと27歳の私は何でも持ってるんだって、憧れてた。


でも現実は…



大人って何なんだろう?



「あ、まっおちゃーんおかえり…」

「……。」

「真桜ちゃん?」

今日のご飯は何かな?
この匂いは…あ、カレーだ。カレーも作れるんだソウは。

本当に何でも作れるんだね、何でも出来るんだね…


私と違って。


「どうしたの?」

「ううん、…なんでもないよ」

大人なんだからこんなことで泣かない。泣きたくない。

ここで泣いてもどうにもならないんだから…

「真桜ちゃん…」

そっと手を伸ばしたソウの腕が私の体を包み込む、俯く私をトナカイが抱きしめる。

ぽんぽんっと背中をなでて、それは私がいつもソウにするやつだ。

そんな子供にするみたいなことしてたの?私… 

無意識にそんなことしてたんだ。

やめてよ、そんなの…


私、子供じゃないのに。


「ソウ…」

でも、涙がこぼれ落ちるから。

「真桜ちゃん、泣いていいんだよ」

「…っ」

「真桜ちゃんはがんばってるから」

ソウの声が体に触れるように聞こえてくる。
その声は優しくて柔らかくて、まるで包み込まれるみたいに。

「…全然だよ、私全然…っ」

「ううん、真桜ちゃんは毎日がんばってるもん」

トナカイの着ぐるみは温かい、私とあまり変わらない身長なのにすっぽりと収められて。

それが私の涙腺をさらに刺激する。

「…でもっ、弱い私は嫌いなの…泣きたくないの!だって…っ」

「弱くてもいいじゃん、泣いたっていいんだよ?」

でもソウは変わらなくて、ずっと私を抱きしめてた。

「自分を責めないで、真桜ちゃんは真桜ちゃんでいいんだから」


私の何を知ってるわけでもない。

私だってソウのことを知らない。


ただ今、目の前にいるだけ。


それだけなのに…


腕を回した、ソウの背中に。

すがるみたいに泣きついて止まらない涙を流した。


幸せになれるんだって思ってた、この人となら永遠を誓えると思ってた。

あんな形で裏切られるなんて思わなくて、むかついて腹が立ってこんなとこで挫けるかって自分を奮い立たせてた。


でも本当は…



ずっと泣きたかった。



なんであんなやつのこと好きだったんだろう。

でもあんなやつでも好きだったの。


涙が止まらなくなるぐらい好きだったの。


「真桜ちゃんはいい子だよ」


こんな風に抱きしめられたのはいつぶりかな、もう忘れたかった想いが蘇るみたいで…



いったい誰かもわからない美少年に、私は心をゆだねたの。





****

トナカイに抱きしめながら眠る日が来るとは思わなかった。

だからクリスマスはもう過ぎてるんだって、なんなら節分も過ぎてるからね?もうすぐひな祭りが来ちゃうよ!?


「いや、その前にバレンタインがある…」


もう関係ないと思ってスルーしかけてた、でも今日はバレンタインデー…

ソウ、チョコレート甘いもの好きって言ってたし。

でもペットにバレンタイン渡すってどうかな?いや、ペットじゃないけどさ。

急に意識し出したみたいにならない?別に全然そんなことないんだよ??

「…ケーキ屋さんでも寄ってこうかな」

私も食べたいし、一緒に食べようって言えばなんとなくバレンタインだしみたいな感じで…

うん、いい!そうしよう!!

くるっと方向転換してケーキ屋の方へ足を向けた時、コートのポケットからぶるっと振動が伝わった。

あ、スマホ…!

LINEかな、これは…

“聞いた?これセカンドシングルなの!”

「……。」


…あっ!忘れてた!!!

あとで聞こうって思いながらすっかり忘れてた透子の推し!!


てかセカンドシングルってまだデビューしたばっかなんだ、そんな新人アイドルどこで見付けて来るんだろ全然興味ないから私にはよくわかんないけど…

透子が聞けって言うから、一応聞いてテキトーに感想送っておこう。

スマホと耳にはめたワイヤレスイヤホンを繋げて透子から送られて来た音楽ファイルをタップした。


あー、明るい感じね?
アイドルっぽいイントロで聞きやすいかもー… 

なんて、透子に送る文章を考えながら聞いてた。


だけど声が聞こえた瞬間、ピタッ体が止まった。


え、この声… 

知ってる、この声… 


なんで?

どうして… 


イヤホンから聞こえる声はとても近い、だからスッと違和感なく思い出した。


ずっと私が聞いてる声

毎日話してる声

これは… 



ソウの声だー…! 



な、なんで…っ 

え、これってどうゆうことなの?


だってこれは透子の推しのアイドルって… 


Spar_klE(スパークル)…?」


って言うの?


透子からのLINEに書かれてる。

たくさんの声が聞こえるけど、その中でも1番聞こえる声… 



これはきっと…!



また方向転換をする、ケーキ屋へ行くのはやめた。

スマホをぎゅっと手に握って走り出す、早く帰らなきゃって焦り始める気持ちに息を切らして。


なぜだかすごく焦っていた。

何かが押し寄せるみたいな感情に乗っ取られそうで必死だった。


怖かったはずなのに、聞き出すことに怯えてたはずなのに、知ってしまったら止められない感情がー…


「ソウ…っ!」

「あ、まっおちゃーん!おかえり!」

いつもみたいに駆け寄ってきてぎゅっと私にくっついてくる。

ぽんぽんって頭をなでて背中をなでていつもならそうするのに…

「真桜ちゃん…?」

「……。」

「どうかしたの?」

ここに来るまでに検索をした、Spar_klE(スパークル)って入力して。


そしたら教えてくれたよ。

ソウが誰なのか、教えてくれた。


「何かあったの?」

「ソウ…」


一体ソウが誰なのか…


「じゃないよね」

「え?」


わかってしまった。


(はやて)、でしょ」


アイドルグループSpar_klE(スパークル)のメンバー、(はやて)


きっと読み方を変えれば…



ソウ。



目を合わせる、じっとソウのことを見て。


きゅるんとした瞳がパチッと1回瞬きした、だけどすっと目が開いた時にはもう別人だった。


ゆっくり私から離れてフッと声を漏らして。


「あーぁ、バレちゃった?」


いつもより少し低い声が廊下に響く、嫌に寒くてキュッと身が引き締まるみたいで。


今目の前に立ってるのは誰?

そんな切れ長の瞳で私を見たことなんかないのに。


「…っ」


スッとトナカイのフードを外した。

掻き上げるように髪の毛を直して、くすっと笑。


露わになった顔はこの世のものかと思えないほどキレイで、私だって思ってたじゃないか。



神様の彫刻物かと思うほど美しいって…

そんな人、出会えるわけないよ。



ゆっくり近づいて来る、一歩一歩近づいて来るたびにドキドキと心臓が鳴り出して。

気だるそうに首を掻いてコテンと首をかしげる、じっと私の目を見て決して逸らさないで捕らえるみたいに。


「どーすんの、真桜さん」


ど…

どーすんの?

え…


どうするって…

どうするの!?


どうすればいいの…っ!?



え…えぇぇぇぇーーーーーーーっ
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