不器用なわたしたちの恋の糸、結んでくれたのは不思議なもふもふたちでした
 その頃ヴィンセントは、自室でまたしても頭を抱えていた。

「まさか、あんなところを見られてしまうとは……」

 彼の母は、体の弱い人だった。彼は幼い頃から母に代わって、家事のほとんどをこなしていた。そんなこともあって、彼は家事全般がたいそう得意だった。ただ得意だっただけではなく、好きだった。

 軍に入ってからも、その家事の腕前は役に立っていた。野営の時の食事当番が回ってくると、彼は存分に料理の腕を振るっていた。

 しかしそんな彼は、とうとう貴族になってしまった。

 使用人たちは彼に温かく接してくれたものの、多くの貴族たちは彼のことを白い目で見ていた。平民風情が、そう言って。

 だからヴィンセントは、できるだけ悪目立ちすることのないように、気をつけながら過ごしていたのだ。自分にこの地位を与えた王の顔に、泥を塗ることのないように。

 でもそのせいで、彼は大っぴらに家事をすることができなくなっていた。貴族は男も女も、家事などしない。水仕事で荒れた手をしている者などいない。

 しかし結局、一年足らずで我慢の限界がやってきてしまった。戦においては忍耐強く敵を迎え撃つことのできる彼だったが、家事から遠ざかっていることには耐えられなかったのだ。

 そうして彼は、時折使用人たちに半日休みを取らせて、その間に思う存分料理をするようになっていた。

 その習慣は、エリカが来てからも変わらなかった。貴族の令嬢は、よほどのことがなければ厨房になど近づかないから。

 そんな油断の結果、彼はひそかな楽しみをエリカに知られてしまったのだ。

「一瞬の油断が命取りになる。まだ駆け出しの頃から、幾度となくそう聞かされてきたし、身をもって学んできた。それなのに、こんなところで油断してしまうとは……」

 深々とため息をつきながら、彼は頭をがっくりと垂れる。

「しかも、雪狼が余計なことをばらしてしまったようだし……」

 剣狼と二つ名を持つヴィンセントは、狼に似た幻獣のネージュに、特に親しみを覚えていた。誰にも言えないような愚痴を、こぼしてしまうくらいには。

「まさか、彼女が雪狼と話せるとは……いまだに信じられない」

 そうつぶやきつつも、ヴィンセントは思い出していた。彼の料理をそれはおいしそうに食べていた時のエリカの顔を。

「彼女となら、この秘密を共有できるだろうか……」

 思わずそう口走ったヴィンセントだったが、すぐに頭をぶんぶんと振る。

「いや、駄目だ。彼女はいずれ離縁するのだから。情がわくような真似は、慎まなくては」

 そうしてもう一度、彼はため息をついた。耳に残るエリカの軽やかな笑い声を、どうにかして忘れようとしているかのように。
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