不器用なわたしたちの恋の糸、結んでくれたのは不思議なもふもふたちでした
 仕方なく、ネージュさんの毛をつかんで背中によじ登る。ヴィンセント様も、すぐ後ろに腰を下ろした。ヴィンセント様が近い。ちょっとどきどきする。

 普段、ヴィンセント様はわたしが近づくと態度がおかしくなる。肩に力が入ってしまうし、目も泳いでしまう。そうしてわたしが離れると、あからさまにほっとした顔をするのだ。

 でも今は、ネージュさんの背中に乗ることで頭がいっぱいらしい。こうしてわたしが見つめていても、気にしている様子はない。嬉しいな。

『よし、じゃあしっかりおれの毛をつかんでおけよ! 落ちたら面倒なことになるからな!』

 言うが早いか、ネージュさんはすっくと立ち上がって泉に飛び込んだ。わたしたちを乗せたまま。

 溺れちゃう、と思わず身構えて、ぎゅっと目を閉じる。わたし、泳いだことなんてないのに。

 けれどじきに、妙なことに気がついた。息ができる。おそるおそる目を開けて、驚きに声を上げた。

「うわあ……」

 そこは不思議な場所だった。地面を埋め尽くすのは、大小様々な鏡の破片。とても広くて、壁も天井も見当たらない。ただの薄闇が広がっているだけだ。

 不思議で、幻想的な場所。ちょっと怖いけど。

「ここは……いったいどこなんだ……」

『驚いたようだな、ヴィンセント。いやあ、ここに連れてきたかいがあった』

 わたしたちを乗せたまま、ネージュさんはたいそう愉快そうに笑った。それから得意げに、説明を始める。

 ここは『鏡の異空間』とでも呼ぶべき場所なのだそうだ。ネージュさんは鏡や水面などから、この空間に出入りすることができる。これが彼の、幻獣としての特殊な能力らしい。

『鏡から鏡へ、おれは移動できる。もっとも体が通り抜けるくらいの大きさは必要だから、意外に通れる場所は少ないのだがな』

 その説明をヴィンセント様に伝えると、ヴィンセント様は驚きに小さく息を吐いた。わたしの髪に吐息がかかって、ちょっとくすぐったい。

「なるほど、そういうことだったのか……」

 感心したような声で、ヴィンセント様がつぶやく。

「あの戦場で出会ったお前が、ある日突然遠く離れた俺の屋敷に姿を現した。どうやってここまで来たのか、どうやってここを知ったのか、ずっと不思議に思っていたんだ」

 ネージュさんに語りかけるヴィンセント様の声はとても優しい。うらやましいな。

『さて、納得したところで、そろそろ目的地に向かうぞ。おまえたちの驚く顔が、今から楽しみだ』

 そう言って、ネージュさんは近くにある大きな鏡に飛び込んだ。



 目の前に、まばゆい光があふれる。頬をなでる優しい風、緑の匂い。

『どうだ、美しい場所だろう』

 そこは、一面の花畑だった。背の低い小さな花が、びっしりと地面を埋め尽くすようにして咲き誇っている。

 振り返ると、澄んだ水をたたえた小さな泉が見えた。おそらくわたしたちは、そこから出てきたらしい。

 ネージュさんはわたしたちに背中から降りるよううながすと、にんまり笑ってとんでもないことを言った。

『人間の男女は、こういった美しい場所で仲睦まじく語り合うものなのだろう? ここでなら、おまえたちの話も弾むに違いない。我ながら名案だ』

「えっ、もしかしてそのためだけにわたしたちをここまで連れてきたんですか!?」

「エリカ、雪狼は何と?」

 あわてふためくわたしに、ヴィンセント様が真剣な様子で尋ねてくる。

 どう答えよう。そのまま言うのは、ちょっと恥ずかしいし……などと考えていたら、ネージュさんは一人で泉に飛び込んでしまった。『後で迎えにくる。仲良くするんだぞ!』という言葉だけを残して。

 そうして後には、大いにあせるわたしと、首をかしげているヴィンセント様が残された。
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