不器用なわたしたちの恋の糸、結んでくれたのは不思議なもふもふたちでした
 ヴィンセント様の部屋は、屋敷の中でも特に質素な、しかしくつろげる雰囲気の場所だ。たぶん、置かれている家具やじゅうたんが、とても素朴だけれど、とっても優しい雰囲気のものばかりだからだろう。

 ずっと避けられていたということもあってここにはめったに立ち入らなかったけれど、でもわたしはここが好きだ。

 そうして勧められた椅子に座り、向かいのヴィンセント様を見つめる。ヴィンセント様はかなり長い間黙りこくっていたが、ついに口を開いた。

「今日の料理だが……礼のつもりだった」

「礼、ですか? その、何の礼なのでしょう?」

 まったく心当たりがなかったので素直にそう言うと、ヴィンセント様は小さくうなって目をそらした。なんだか、ネージュさんを思い出させる仕草だった。

「その、王宮でのことだ。……君は、一生懸命に俺に思いを伝えてくれただろう。そのことが、……嬉しかった」

 彼の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。こわばっていた顔が、ゆっくりとほぐれていった。

「俺はずっと、君にどう接すればいいのか分からなかった。君の幸せを思うなら、一刻も早くここから追い出すべきなのだと思っていた。それが最善の策なのだと思っていた」

 ヴィンセント様は悔いているような顔で、そっと視線を落とす。

「だがそれは違うのだと、今はそう思う。……エリカ、おそらく今度は、俺が思いを告げる番なのだろう」

 こちらを見ないまま、ヴィンセント様はゆっくりと言葉をつづる。

「俺は、君が嫁いでくるのをどうにかして阻止しようとしていた。そしてそれがうまくいかないと悟った時、俺は君を追い返すと決めた」

 ただじっと、彼の言葉に耳を傾ける。彼の思いとは、いったい何なのだろうと思いながら。

「初対面のあいさつの言葉代わりに、きっぱりと離縁を言い渡す。俺はそんなせりふを、一生懸命に練習していたんだ」

 思いもかけない発言に、ぽかんとしてしまった。ヴィンセント様が一生懸命にせりふを練習する。まるで、似合わなかった。

「でも実際に君に会って、そんな言葉は消し飛んだ。離縁を言い渡そうとするたびに、俺の舌は動かなくなった」

 えっ、という声がもれそうになって、あわてて口を押さえる。今は、ヴィンセント様の話を邪魔するべきではない。

「自分でもどういうことなのか分からなくて、ずっと悩んでいた。早く、君を実家に帰してやらなくては。そんなあせりだけが、つのっていった」

 わたしは実家になんて帰るつもりはなかったのに。自分たちがどうしようもなくすれ違っていたことを、改めて見せつけられたような気がした。

「けれど先日、君が思いのたけを告げてくれて……俺の心を満たしたのは、安堵だった。君を離縁しなくては。そんな思いが打ち砕かれて、俺はほっとしていたんだ」

 そうしてヴィンセント様は、顔を上げた。今までで一番優しい笑みが、その顔には浮かんでいる。

「エリカ、俺がふがいないせいでずいぶんと君を苦しめたと思う。そしてこれからも、きっと君には苦労をかけると思う。それでも、君は俺の妻でいてくれるか」

「はい、もちろんです」

 大きな笑みを浮かべて、胸を張って答える。苦労する覚悟なら、とっくにできている。だってそれ以上に、わたしは彼の妻でいられることに、喜びを感じているのだから。

 ヴィンセント様が、切なげに微笑んで立ち上がり、わたしのほうに歩いてくる。そうしてしなやかな動きでひざまずくと、彼はわたしを優しく抱きしめてきた。

「……ありがとう」

 彼の声が、すっぽりとわたしを包む。温かな涙が浮かんでくるのを感じながら、じっと彼を全身で感じていた。
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