嘘つきと疫病神
仁武は理解できていない様子の蕗達と変わって、真っ直ぐとした揺らぎない瞳を持っていた。
「逃げよう、俺達はまだ生きている。ここから南に行けば、学校があったはずだ。そこならすでに敵軍の影響を受けた後だろうから、もう一度狙われるなんてことはないはず。それにそこの近くには川がある。逃げるならそこしかない」
やはり聞き間違いではない。仁武が自分から逃げようと言ったのだ。
何度も蕗が伝えようとした、「戦場に行かないでほしい」、「一緒に逃げよう」という想いにやっと気がついてくれた。
立ち上がった仁武が手を伸ばし、その手を蕗はしっかりと握る。離れないように強く握ると、満足げな仁武はふっと笑みを零した。
その背後で立ち上がった江波方は、納得していない様子で仁武を見つめている。仁武はそんな彼の方に向き直り、二人は見つめ合った。
「待ってくれ、この先は山岳地帯だ。風が強くて、火の広がり方がここらとは比にならないほど激しい。今から行くなんていくらなんでも危険すぎる」
「それでも生きるためだ。きょーこが蕗を庇って死んだ。それなのに俺達はここで野垂れ死ぬんですか?」
江波方の言う通り、今、蕗達がいる場所は山に囲われた盆地である。仁武が言う学校がある地域は、どれだけ回り道をしても山を越えなければならない。大した高さがあるわけではないため歩いていけるが、風が強いと炎がより強くなってしまう。
しかし、敵軍が過ぎ去った後とはいえ、風が強いその地域ではあっという間に炎に飲み込まれてしまうだろう。こうしている間にも逃げ道は少しずつ壊されていく。
それならばと、蕗は仁武の手を引いて走り出した。
「学校が駄目なら、川がある!」
突然のことに遅れを取った江波方の手を紬が引いた。もう彼女の目に涙はない。強い決意と覚悟が滲んだ瞳を江波方に向け、紬は言う。
「行きましょう。一緒に」
去り際、何層にも積み重なった燃え上がる瓦礫を見た。もしあと一歩だけでも自分が鏡子と紬の近くにいれば、鏡子が蕗を庇って死ぬことはなかったかもしれない。
ほんの少し前まで彼女が生きていたかと思うと途端に気分が悪くなり、速度が落ちた蕗の異変を感じ取った仁武は彼女の前に屈んだ。
「おぶってやる」
有無を言わせず蕗を背負うと、炎の海を躱しながら進んでいく。その後を江波方と紬も追いかけた。
目指す学校があるのはこれまでいた町よりも少しばかり栄えている。崩れた建物の瓦礫が積み上がり征く手を阻むが、通りを外れると開けた道が続いた。
丘と間違えそうになるほどの小さな山を超えると、そこには目指す町がある。
あと少しで学校に着くといったところで、ふいに仁武は足を止めた。蕗は仁武の背後から顔を覗かして、その先の景色を目に入れる。
何があったのかと聞かなくともすぐに察しがついた。山の先にある町もまた、地獄と化している。
「ひどい……」
紬が口元を手で覆い呟く。同じく山の先に広がる景色を見た江波方は、ぐっと奥歯で毒虫を噛み潰したかのごとく表情を歪めた。
見れば、赤黒く変色した死体があちらこちらに転がっている。何処を見ても転がっているのは、死体、死体、死体。
視線の先には、焼け野原の中に骨組みだけになった学校がぽつんと建っていた。
学校の傍を流れる川に向かっていく人々が渦を成す。そこへ意識を向ければ、人々の悲鳴や叫び声、鳴き声が聞こえた。
「逃げよう、俺達はまだ生きている。ここから南に行けば、学校があったはずだ。そこならすでに敵軍の影響を受けた後だろうから、もう一度狙われるなんてことはないはず。それにそこの近くには川がある。逃げるならそこしかない」
やはり聞き間違いではない。仁武が自分から逃げようと言ったのだ。
何度も蕗が伝えようとした、「戦場に行かないでほしい」、「一緒に逃げよう」という想いにやっと気がついてくれた。
立ち上がった仁武が手を伸ばし、その手を蕗はしっかりと握る。離れないように強く握ると、満足げな仁武はふっと笑みを零した。
その背後で立ち上がった江波方は、納得していない様子で仁武を見つめている。仁武はそんな彼の方に向き直り、二人は見つめ合った。
「待ってくれ、この先は山岳地帯だ。風が強くて、火の広がり方がここらとは比にならないほど激しい。今から行くなんていくらなんでも危険すぎる」
「それでも生きるためだ。きょーこが蕗を庇って死んだ。それなのに俺達はここで野垂れ死ぬんですか?」
江波方の言う通り、今、蕗達がいる場所は山に囲われた盆地である。仁武が言う学校がある地域は、どれだけ回り道をしても山を越えなければならない。大した高さがあるわけではないため歩いていけるが、風が強いと炎がより強くなってしまう。
しかし、敵軍が過ぎ去った後とはいえ、風が強いその地域ではあっという間に炎に飲み込まれてしまうだろう。こうしている間にも逃げ道は少しずつ壊されていく。
それならばと、蕗は仁武の手を引いて走り出した。
「学校が駄目なら、川がある!」
突然のことに遅れを取った江波方の手を紬が引いた。もう彼女の目に涙はない。強い決意と覚悟が滲んだ瞳を江波方に向け、紬は言う。
「行きましょう。一緒に」
去り際、何層にも積み重なった燃え上がる瓦礫を見た。もしあと一歩だけでも自分が鏡子と紬の近くにいれば、鏡子が蕗を庇って死ぬことはなかったかもしれない。
ほんの少し前まで彼女が生きていたかと思うと途端に気分が悪くなり、速度が落ちた蕗の異変を感じ取った仁武は彼女の前に屈んだ。
「おぶってやる」
有無を言わせず蕗を背負うと、炎の海を躱しながら進んでいく。その後を江波方と紬も追いかけた。
目指す学校があるのはこれまでいた町よりも少しばかり栄えている。崩れた建物の瓦礫が積み上がり征く手を阻むが、通りを外れると開けた道が続いた。
丘と間違えそうになるほどの小さな山を超えると、そこには目指す町がある。
あと少しで学校に着くといったところで、ふいに仁武は足を止めた。蕗は仁武の背後から顔を覗かして、その先の景色を目に入れる。
何があったのかと聞かなくともすぐに察しがついた。山の先にある町もまた、地獄と化している。
「ひどい……」
紬が口元を手で覆い呟く。同じく山の先に広がる景色を見た江波方は、ぐっと奥歯で毒虫を噛み潰したかのごとく表情を歪めた。
見れば、赤黒く変色した死体があちらこちらに転がっている。何処を見ても転がっているのは、死体、死体、死体。
視線の先には、焼け野原の中に骨組みだけになった学校がぽつんと建っていた。
学校の傍を流れる川に向かっていく人々が渦を成す。そこへ意識を向ければ、人々の悲鳴や叫び声、鳴き声が聞こえた。