嘘つきと疫病神
 流れ出る涙を指先で拭いながら彼女はふうわりと微笑む。
 どのような嘆きも全て受け止める女神のように、その表情は優しくて暖かくて。

「仁武は弱くなんかないよ。すっごく勇敢で、すっごく強い」

 懐から取り出した手拭いで頬に付いた汚れを拭う。これ以上傷つけないようにと、割れ物を扱うように手付きは丁寧である。
 視界を遮っていた涙が拭われると、霧が晴れたように視界が開けた。
 真夏にも関わらず、驚くほどに白い彼女の肌が陽の光を受けて輝いた気がした。零れ落ちそうなほどに大きな瞳が潤んで揺れる。

「独りだった私を助け出してくれたのは、こうして誰かのことを優先して考えられる強い人だった。汚くて見窄らしい私の手を迷いなく引いてくれた」

 伏せられた彼女の睫毛は長く、白い肌と整った鼻筋が相まって、子供とは思えない大人びた雰囲気を帯びている。
 
 綺麗だと思った。彼女の咲き誇る花のような笑顔が。
 綺麗だと思った。彼女の小さな口から零れ落ちる言葉の一つ一つが。
 綺麗だと思った。彼女の小鳥の囀りのような声が。

 綺麗だと思うんだ。自分に向けられる彼女の優しさが。

「見たこともなければ聞いたこともない世界を、貴方は見せてくれた。私ね、まだまだ知りたいことや見たいものがあるの。貴方がいないと、私はまだまだこの広い世界を知ることができない。だから私は、仁武の傍にいたいって思う。それは、迷惑かな?」

 迷惑な訳が無い。自分だって君の傍にいたいと願っている。そう言おうとしても上手く声が出せなくて、ほとんど息と変わらない掠れた声が喉から溢れた。

「迷惑、なんか……じゃない。俺もそう、思ってる…………」

 このぎこちない言葉は彼女に伝わったのだろうか。ほとんど吐息のような声で、自分でも何を言っているのか分からなかった。
 伝わっていなかったらどうしよう。また彼女の表情が苦しみに染まってしまうのではないか。
 そう考えてしまうほどに、彼女が答えてくれるまで長い時間が掛かった。

「……良かった」

 たった一言だというのに、どうして彼女の言葉はこんなにも心を優しく包みこんでくれるのだろう。
 言いながら彼女の目から一筋の涙が溢れ落ちる。
 
 綺麗だと思った。彼女の流す涙が。
 綺麗だと思った。彼女の泣く姿が。
 綺麗だと思った。彼女の潤んだ瞳が。

 守りたいと思ったんだ。触れただけで壊れてしまいそうなほどに華奢な彼女を。
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