保護者のかた 恐喝無理強いにあったり、バカにされ、それで人間恐怖症なることが赤っ恥なのかを考えてください

00年は、見下す言動する人や恐喝無理強いするひとのほう、みっともなくないし正しいのかな、て思った

恐喝無理強いするひとや、いじめするひとや
人を見下す蔑むこと言う人なら
いじめられる側、見下すこと言われる側に絶対ならないから(自身の残りの寿命かけてもいいほど断言できる)
人間恐怖症にもならないし、学校校門潜るのも不安なる怖くなることも絶対ない。
人間恐怖症っぽくなるなんてみっともないわね!て母親に言われたりもしないはずだからそれは非常に恵まれてる。




ぶっちゃけると1997年度と、
2000年度は。
恐喝無理強いするひとや、人のこと見下す言動するひとが
正しいしみっともなくもないのかなと本当に本気で心底考えてましたし夏休みあけ死を選ぶ手前でした

そのときは、
大人や保護者は、もちろん
警察の人も(つまり司法に関係があるひと)
人間恐怖症っぽくなるよりは、
恐喝無理強いされる、見下すこといわれるひと、
人間恐怖症っほくなるひとよりは
恐喝無理強いするひとや人のこと見下すこと言う人の方が正しいしみっともなくもないし友達なりたい信頼できる存在
世間にいるほうがいい存在だと、
そのようにみなしてるのかなあとおもいました

私が97,00年度そのように考えたのは
97年度はまだしも、
2000年当時なら大人、保護者でも
人のこと見下すこと言う人や恐喝無理強いなど
そのたのいじめするひとでなくて
なんか原因あっても人間恐怖症っぽい人の方みっともないみたいに考えてたからです

だから警察の人も
何より保護者の人や大人の人も人間恐怖症っぽくなるにはそれなりの理由があるとそれは知ってください
恐喝無理強いでのいじめや、見下すような言動されると
人がみんな敵に見える、死を選ぼうとする
これは事実です
97年と00年度夏休みあけ、連休明け
線路に飛び込もうとしたほど人間恐怖症なってたとはおもいます
その人間恐怖症っぽくなるには理由があると、これは知ってください
恐喝無理強いされるひとや、
見下す蔑むようなことしゃべられる人がかなしんでて
人がみんな、この世間の全員が鬼に見えるほどかなしんでて疑心暗鬼なってしまう、これは知ってください
気づいてわかってください
それだけわかってください
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