The previous night of the world revolution4~I.D.~
「この国の奴隷達は、その大半が幸福に暮らしているのです。奴隷だからと言って、不幸な訳ではありません」

「いや…それはそうだが。でも…」

「お忘れですか。シェルドニア王国には、『白亜の塔』があるんですよ」

ルルシー・エンタルーシアはハッとした。どうやら、思い出したようだ。

そう。この国は、『白亜の塔』のお陰で、良くも悪くも平和なのだ。

「主人は奴隷を虐待したりはしません。鞭で打ったり、食事を抜いたりなどはしません。過剰に仕事を押し付けたりもしません」

気性が穏やかなシェルドニア人は、争い事や、乱暴なことが嫌いだ。

だから奴隷を殴ったり、鞭で打ったりはしない。

食事は自分達と同じものを与えるし、古着でも清潔な格好をさせている。

奴隷が何か失敗したとしても、身体的な罰を与えることはない。

ちょっと小言を言うことはあるかもしれないが、怒鳴り付けたりもほとんどしない。

奴隷と言うよりは…給料をもらえないだけで、単なる使用人の扱いなのだ。

待遇の良い家では、給料代わりに小遣いを与える主人もいるそうだ。

あるいは、奴隷が欲しがるものを主人が買ってきてあげる場合もある。

奴隷と聞けば、鞭で打たれ、ふらふらになりながら、不潔な格好で重労働をさせられるような…そんな印象があるが。

国王によって「怒り」や「反抗心」を奪われたシェルドニア人は、奴隷を虐待しようという発想がない。

奴隷達にとっては、ただ主人に言われた通りの仕事をしていれば、ちゃんと食事ももらえるし、着るものももらえるし、寝床に困ることもない。

病気になれば病院に行かせてくれるし、死ねばちゃんと墓に入れてもらえる。

奴隷だからといって、虐げられることがない。

それに何より、奴隷達自身も『白亜の塔』で洗脳されているのだから、反抗心など沸かない。

おまけに、最近は奴隷制度の廃止のせいで奴隷の数が減っており、ますます奴隷を厚遇する傾向が強まっているときた。

「奴隷解放なんて、言葉の端にも上らない理由が分かったでしょう?」

「…成程な。なら…アシミムに買われたお前が、今こうしてアシミムを裏切っているのは何故だ?」

…それは。

その理由は…たった一つ。

「…私は、大半の幸福な奴隷ではなく…。ごく一部の、不幸な奴隷だったからです」

洗脳されることが当たり前の、この国で。

「洗脳されない」ことが、どれほど不幸なことか。

想像がつくだろうか。
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