呪われ姫と悪い魔法使い

第6話

 翌朝には、塔から見下ろす城下街で、祭りの準備が始まっていた。
見渡す限りの通りにパンタニウムの花街道が出来上がりつつあるのに、それをカイルは一緒に見てくれない。
重い扉をノックする音が聞こえた。
毎朝のルーティン。
この部屋に入ってくるのは、私が閉じ込められて以来ドットとカイルだけだ。
真っ白な法衣を身に纏ったドットは、部屋に入ったとたんギュッと眉をしかめる。

「魔法の臭いがしますね。例の少年が、昨夜来ていたのですか?」

「カイルよ。彼は私が呼べば、必ず来てくれるわ。だって、グレグからそう命令されてるんだもの。当然よ」

「……。そうですか。ここには、そう簡単に破られないよう、新しい術式で結界を張っていたのですが、それに私が気づかないとは……」

 ドットは運んで来た新しいお茶とパンやビスケットの入った籠を、古いものと取り替えた。

「それで、彼からグレグの新しい情報は引き出せましたか」

「いいえ。相変わらず、『もうすぐ南の海から戻ってくる』の一点張りよ」

 彼はいつものように朝の食事の支度を調えると、テーブルにつく。

「その件に関しては、こちらも情報を集めております。ですが、なにせ遙か遠い遠方の国のこと。彼らと直接的な国交もなく、正確なことは何も掴めていません」

「お願いドット。カイルのことも助けてあげて」

「それは承知しておりますが、彼の協力と同意が得られないことには、話は進みませんよ、ウィンフレッドさま。彼は謎に包まれたグレグの現在を知る貴重な情報源です。こちらとしても、ぜひ味方に引き込みたいところ。そうすれば、先に手を打つことも出来ます」

「身代金の額は、もう決まっているのでしょう?」

「もちろんです。ですがまだ、誕生日まで時間が残されています。決してこちらの手の内を見せぬよう、あえて姫さまにもお知らせしないでいるのですよ」

「カイルを助けるためにも」

 食事を終えたドットは、手に付いたパンくずを払い落とした。

「えぇ。魔法庁も人手不足ですからね。優秀な人材は、喉から手が出るほど欲しいです」

 彼は払ったパンくずを魔法で一カ所に集めると、それを宙に浮かべパチンと指をならし火を付けた。
綺麗になったテーブルで、新しいお茶をカップに注ぐ。

「花祭り、カイルは来ないって」

「残念ですね。今後とも彼を刺激しないよう、十分に注意しながら接触を続けてください」

 ドットはまだカイルの残した魔法の臭いが気になるのか、用心深く部屋の中を見渡す。

「まずは一度、本気で私自身が、直接彼にお目にかかりたいものです」

「ドットの話は、何もしてないわ」

「とても上手く事は運んでいますよ、ウィンフレッドさま。この調子でいきましょう。私も彼には、期待しています」

 季節の変わり目を知らせる黒い雲が、先ほどまで青かった空を覆い尽くした。
突然降り始めた大粒の雨に、ドットは開け放されたままになっていた、窓の扉を閉めた。
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