呪われ姫と悪い魔法使い

第4話

 小さなパンの欠片を、二人で分け合う。
小人になった私には、それは抱えきれないほど大きなパンだった。

「こんなに大きなパンを食べるのって、生まれて初めてよ」

 自分の背丈ほどの大きさのパンにかぶりつく。
ほんのりと塩の味がする香りのよいパンは、口の中ですぐに溶けた。

「この家の屋根からは、お前の城がよく見えるんだ」

 屋根瓦の上を、彼はぴょんぴょんと跳びはねながら移動する。
私もマネをして、飛びはねながら彼のあとを追いかけた。
高台に建てられた三階建ての家の屋根からは、遠くまでよく見渡せる。

「本当ね。ここからみれば、大きなお城も私のいる高い塔も、とてもちっぽけに見えるわ」

 夕陽が街を照らし始めている。
赤く染まった街並みは、終わりを迎えた祭りに店じまいを始めていた。

「そろそろ城に戻るぞ」

「嫌よ。私、まだ花冠をもらってないもの」

「は? そんなもの、いくらでも城で作ってもらえるだろ」

「お祭りの日の冠じゃないとイヤなの!」

「もう祭りは終わりだ」

「まだあそこに残ってるわ」

 指を指す方向に、花売りの引く荷車が夕暮れの石畳をゆっくりと進んでいた。
荷台には売れ残った花と、いくつかの花冠が見える。

「あれが欲しい。ねぇカイル。私、あの花冠がどうしても欲しいの」

「ならそれを手に入れたら、もう帰るぞ」

 カイルの首にしがみつく。
高い家同士の壁に挟まれた狭い路地に舞い降りると、彼は私の魔法を解いた。
夕暮れの薄闇の中、人の姿に戻ったカイルは、私に全身を覆うマントをかぶせる。

「もらって来てやるから、ここで待ってろ」

「嫌よ。私も一緒に行く」

 彼の腕にしがみつき、花売りの前に並んで立った。

「こんばんは。パンタニウムの花冠を、この子に分けてくださいませんか」

 金髪のおかっぱ頭の少年は、蒼い目でおとぎ話に出てくるような王子さまの格好をしている。
私は頭からすっぽりマントをかぶって、姿を隠したまま彼の背にくっついていた。
花売りのおじさんは不思議なものでも見るように、マジマジと私たちを見下ろす。

「昔から、祭りの日の日没前には不思議なことが起こるって、よく言われたもんだ。どうせ売れ残った花冠だ。お前さんたちにあげるよ」

 彼は残っていた冠を手に取ると、私とカイルの頭にそれを乗せた。

「じゃあな。よい夢を」

 手を繋いだ私たちは、彼が見えなくなるまで手を振ると、一緒に駆けだした。
太陽はあっという間に西の空に沈み、オレンジと青のグラデーションのかかった空には、一番星が輝く。

「ねぇ、カイル。昼間見たダンス、覚えてる?」

 街外れの原っぱに出たところで、彼は私の手を取った。
広い広い草原のステージに、観客は誰もいない。

「もちろん覚えてるさ。お前の方こそ、俺の足を踏むなよ」

 スカートの裾を持ち上げ、見よう見まねでステップを踏む。
偉そうなことを言っておいて、私もカイルもダンスはめちゃくちゃだ。
体はぶつけるし、足も踏みあってる。
散々文句を言いあいながらも笑い転げ、疲れきるまで踊り終わったあとで、一緒に草むらに倒れ込んだ。

「あはは。カイルって、思ったよりダンスはへたっぴなのね。驚いたわ」

「はは。お前に言われる筋合いはねーよ」

「だって、本当にヘタクソなんだもん」

 寝転がったまま、首を傾けカイルを振り返る。
彼は私の隣で、同じように寝転がったまま互いに目を合わせた。
手を伸ばし、そっと彼の唇に触れる。

「ねぇ、このまま朝まで、一緒にここにいない?」

「それは無理だ」

 彼は上半身を起こすと、草の上に流れる私の赤い琥珀色の髪を撫でた。

「約束の時間だ。城に戻ろう」

「もっとこのままでいたいっていうお願いは、聞いてもらえないの?」

「日が落ちた。城を抜け出していることが見つかって、困るのはお前じゃないのか?」

 返事の出来ない私の代わりに、彼は姿をカラスに変えた。
その頭に、小さくなった花冠がまだ残っているのを見て、私は立ち上がる。

「いい子だ」

 白煙と共に、彼の魔法で私の体はまた小さくなった。
無言のまま彼の背に乗ると、カイルはそのままふわりと飛び上がる。

「もうすぐ誕生日だな」

「カイルはそれしか聞かないのね。誕生日の日、カイルはグレグと一緒に私の所へ来るの?」

「身代金の額は決まったのか?」

「私の質問に答えて」

「俺の質問の方が先だった」

「……。私には、教えてもらえないの。きっと知ったら、安すぎてガッカリすると思ってるんじゃない?」

「安くても嫌なのか。それも難しいな」

 私を乗せたカイルが、夜空に舞う。
夕飯の時間を迎えた街の家々には、温かな明かりが灯っていた。
すっかり静かになった通りを、一気に飛び越えてゆく。
遠くにあった王城が近づく。
塔はもう目の前だ。

「ねぇ、本当に帰らなきゃダメ?」

 思わず涙声になった私の頬を、カイルの運ぶ夜風が吹き付ける。

「ダメだ。子供はもう寝る時間だ」

 あっという間に塔へ戻ってきてしまった。
開け放されたままになっている窓から、灯りが漏れている。
そのゆらめく光の奥に、人影が見えた。

「フッ。さすがに気づいたか。そこまで間抜けではなかったようだ」

「なに? どういうこと?」

「ウィンフレッド、塔の中へ突っ込むぞ。身構えろ!」

「えぇ?」
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