呪われ姫と悪い魔法使い

第5話

 カイルは翼を畳むと、開いた窓に向かって一直線に突き進んだ。
途中、鼻先でバリン! と、何かが割れる音が聞こえる。
部屋の中へ飛び込んだ。

「きゃあ!」

 その黒い背から振り下ろされた瞬間、体が元に戻る。

「ウィンフレッドさま!」

 ドットだ。
部屋に入り込んだカイルは、狭い部屋の天井をもの凄いスピードでぐるりと一周した。
中には鎧兜に身を固めた兵士や魔法使いまで集まっている。

「おのれカラス! ウィンフレッドさまに何をした!」

 ドットの放つ電撃魔法が、ピカリと一瞬の瞬きを放つ。
それがカイルに直撃した。

「ギィャッ!」

 とたんに焼け焦げた臭いが辺りに充満し、彼は空中でふらりとバランスを崩した。

「やめてドット! 攻撃しないで!」

 カイルが天井から落ちてくる。
受けとめようと駆け寄った私の腕に触れる直前で、彼はその黒い翼を広げた。

「待って、行かないで!」

 飛び上がったカラスは、窓から外へ逃げ出してゆく。
そこから身を乗り出そうとした私を抱き留めたのは、ドットだった。

「ウィンフレッドさま!」

「やめて放して! カイルに何てことするのよ!」

「あれはグレグの使いです!」

「そんなこと分かってるわ!」

 抱き寄せられた彼の胸を、激しく打ち付けた。

「カイルが怪我をしたじゃない! どうしてくれるのよ。早く助けて! 私をここから出して!」

「それは出来ません!」

「どうしてよ!」

 興奮と涙で滲ませた目を彼に向ける。
ドットは私が落ち着くのを待ってから、ようやく腕をほどいた。

「ウィンフレッドさま。あのカラスは只者ではございません。グレグの使いだと名乗っていたようですが、あるいは……」

 白い顔をよりいっそう青白くした彼が、次の言葉を飲み込む。
ドットに言われなくても、私だって気づいていた。
その可能性があることを。

「彼が、グレグ本人かもしれないって?」

「お気づきだったのですか」

 何となくだけど、ぼんやりと思っていた。
この国で一番の魔法使いである、ドットの魔法が効かないこと。
彼の張ったはずの魔法の結界を軽々と飛び越え、なお無傷でいられること。
その結界の中にいても、彼は高度な魔法を使い続けていた。

「違和感はね、ずっとあったのよ」

 彼の化けた「カイル」は、私の部屋にあった物語に出てくる登場人物と、見た目が全く同じだった。
この窓から入ってきたカラスのカイルの位置から、ちょうど私の後にあったのがその本だ。
きっとその背表紙を見て、とっさに化けたのだろう。
彼が話してくれる冒険の物語は、その本の内容そのものだった。

「私が騙されると思っていたのかしら」

「グレグはいまどこに?」

「それは分かりません。彼は自分の居場所については、何も語らなかったから」

 静かになった部屋から、窓の向こうに広がる夜空を見上げる。
テーブルには彼の運んだパンタニウムの花が、そのまま残されていた。







 ウィンフレッドを塔に送り届け、窓から外へ飛び出す。
現職のラドゥーヌ王家宮廷魔法師だというドットの張った結界は、悪くはなかった。
翼に受けた雷の一撃よりも、塔に張られた結界を破り中へ飛び込んだことの方が、ダメージはでかい。

 カラスの姿のまま、広大な夜空に翼を広げる。
下から吹き上げる風に、ふわりと体を浮かせた。
気づいていたのだろうか。
ウィンフレッドは「カイル」の正体を。

 今からちょうど百年前、ウィンフレッドの曾祖母に当たるヘザーに呪いをかけた。
彼女があの男、ユースタスに嫁いで本当に幸せになれたのか、それを見届けたかった。
この城の周辺は、今でこそすっかり立派な街並みになってしまっているが、当時はまだ森に囲まれた小さな城だった。
王族でも貴族でもない市井の娘が、若き王に見初められ望まれたところで、苦労するのは目に見えていた。
出て行きたいのなら逃がしてやろうかと言ったのに、彼女は城に残ることを望んだ。

 ヘザーは壮絶な虐めに耐えながらも、すっかりやつれてしまっていた。
守ってくれるはずの王は、忙しくなかなか会えない。
美しい金の髪をすく櫛もなく、みるまに痩せていく彼女は、あらゆる者の手によって、城内の実に様々な場所へ閉じ込められた。
俺はただそれを横目で見ていただけだったが、ある日、疲れ果てていた彼女のために、一芝居打つことを思いつく。
結局それが元で俺は城を追われることになったが、くだらない権力争いばかりをしている宮廷に、うんざりしていたところだ。
出て行くちょうどよい口実が出来たと、我ながら自画自賛したものだ。
おかげで俺の呪いがかかったヘザーを傷つける者は誰もいなくなったし、俺も堂々と城を去ることが出来た。
万々歳だ。
ユースタスは頼りないところもあるが、悪い男でもなかった。
生まれついての王子であり、それなりに上手くやって行けるだろうという俺の憶測は、外れていなかったと思う。
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